このブログのどこからでも切れます

困ったときは遺書としてお使いください

ひとりアドベントカレンダーを埋めるためにデレマスの二次創作SSを読みまくった話

 

(記事を飛ばしたい方は以下の目次をご活用ください)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前説


お疲れ様です。斬進です。そして1月も半分終わってから新年あけましておめでとうございます。

このブログも別に書くことがないにしては平均して2ヶ月に1記事を書いているらしく、単純にキーボードを叩くのが楽しいだけで文章を打っているという説を否めなくなってきました。そんなに対外的に読まれている気はしませんが。あと毎日ブログを投稿している人間ってすごいんだなと思います。継続は力だ。

それに関わってというわけではないのですが、今回は継続力を鍛えるために昨年12月にほぼ人知れずやっていた謎の行為についての活動記録です。楽しかったには楽しかったけど今度はもっと前後に何の予定もない時期にやりたいです。そんな時期は無いが。

どうでもいいですが今は徹夜状態でこの文章を打っています。ブログを書く時にほぼ寝不足なのはきっとこれが黒歴史になるという自覚があるからです。

 

 

 

ソロ開催、アドベントカレンダー

そもそもの始まりは一昨年、「一課」*1アイマス二次創作アドベントカレンダーをしたことにあります。「それっぽいことをするか~」という課長の思い付きで始まったこの企画には総勢14名の一課メンバーが参加し、12/25には全員の原稿が出揃うというまとまりの良さ*2を見せました。当時の作品はハッシュタグ「一課ac」でTwitter検索をかければ見られると思います。ちなみに自分は毎週1本のペースで日程が入っていました。バカなんじゃないかな。

しかし2020年はアドベントカレンダーのことを課長が思い出したタイミングも遅く、また生活様式の変化により一課メンバーも時間を大々的に割く必要があるこの企画への急な参加は難しく、開催が見送られることに。ただ私は個人的に文章を久しく書いていなかったのもあって、何か文章を打つリハビリをしたいと考えていました。ついでに言えば締切が無いといつまでも先送りして完成しない症候群なので締切のついた文章を書かなければと。

 

――ひとりでアドベントカレンダー25マス埋めるか。

 

ということで地獄の行脚が決定したのは2020年12月1日午後12時を回ったあたり。諸々の作業を済ませて何を書くか考え始めたのは21時を回ってからでした。

SSは(そもそも自分が創作をするのが下手なのもあり)どう考えてもクオリティも締切も堅持できないのが目に見えていたので、せっかくだしインプットも兼ねようということで他人のSSの感想を綴ることに。なんなら実はこのブログの一番最初の記事で似たようなことをやっているので、それよりは多少長い1000文字前後を目標に毎日続けるのを前提に。ただし書き溜めは許可。アドベントカレンダー用のサイトにとりあえず自分を25個登録して*3、1日目の文章を打ち始めたのが22時。

こんな調子で終わるのか、と思いつつもどうにかこうにか走り続けました。最終的には22日に全日程の文章を書き終わったので少し足早でしたが。

完走した感想は大きく分けて3つ。「ブックマークを使いこなせていない」、「思い出し始めると紹介する文章が多い」、「他の原稿と並行でやるべきではない」。自分がブックマークのハードルがかなり高い部類の人間であることを改めて実感し、心に残った作品はきちんとブックマークしないと探す段になって不便であるという教訓を身につまされたというのがひとつめ。そしてCP名タグで手あたり次第に探し始めると思ったより文章を読んでいた当時の思い出補正もあって厳選が大変だったというのがふたつめ。12月と1月に合計4本ぐらい作品のネタ出しをしないといけないうえに1本自分で書く必要のある作品予定まで抱えた状態でやるとかなり死ぬというのが最後の教訓です。実際12月はかなりの時間をPCの前で過ごす羽目になりました。これがなかったらそうじゃなかったかについてはコメントを控えさせていただきます。

 

ということで以降は実際に書いたアドベントカレンダー用の文章になります。そもそも身内向けであって広く一般に読まれることをそんなに想定していない*4ので読みづらい箇所がありましたら申し訳ありません。あと25日ぶんあるので読みたいところをかいつまんで読んでください。個人的には全部の作品をオススメしているのでそちらにはなるべく触れてほしいとは思いますが。

 

 

 

 

 

 

アドベントカレンダー2020本編

 

 

 

注意書き

・一部ネタバレを含みます。興味のある文章については感想を読み切る前に本文をご一読されることをお勧めします。

・感想の語彙力が低すぎる現象が多々見受けられますが、これでも筆者は一生懸命です。作品への愛は全て同程度に持っています。生暖かい目でご覧ください。

・執筆当時の状況から公開形態や価格等が変更されている可能性があります。あらかじめご了承ください。

・今回こちらに掲載するにあたって、公開許可等はいただいておりません。公開を取りやめてほしいという執筆者様の意見には全力で応じますので、お手数ですがTwitter等でお声がけください。申し訳ありません。

 

 

 

12/1 『フレちゃんがうつになりまして。』

【本文】
https://www.pixiv.net/artworks/70270645


12月1日、なにかキーボードを叩くために急遽決定した「感想アドベントカレンダー」。この文章の書き始めが22時ということもあってだいぶ焦っています。間に合うのかコレ。
それはさておき初日ということで相応しいテーマを用意しようと悩んで、2秒で決めたのがこのSSです。というか1択だった。

このSSは、まだ「志希」と「フレちゃん」がアイドルマスターシンデレラガールズというゲームのキャラクターだと知る前に読んだSSです。
出会った当時は中学か高校生で、当時から恋愛系のSS*5が好きでハルヒSSとかまどマギSSとかをアニメをほとんど見ないくせに読んでいた私は定期巡回していたまとめサイトでこのSSタイトルを見つけました。知らないキャラのSSを何故読む気になったのかはいまだに謎ですが、たぶん家に『ツレがウツになりまして。』があったからだと思います。
かくしてまんまとページを開いた私は、ごっそり時間を削られて気付いたら朝にされていたのです。確か人生3回目。*6
全部読み終わったときにはだいたいベッドの上で正座状態で、「なんだかわからんがなんだかすごいものを読んでしまったぞ」みたいな感じで溜息をついていた気がします。その後暫くデレマスと縁がなかったのですが、アニメを見て創作をするようになって思い出して調べたら案の定メチャクチャ有名作品で驚いた記憶。

文章の方は説明不要の暴力と言いますか、せっかく全編ネットにあるんだからマジで読んでない方は読んでいただきたい。掲示板版とpixiv版は加筆修正によりだいぶテイストが異なっている(話の流れは同じだがpixiv版のほうがより感情が重く百合っぽい感じ)ので時間が許すなら両方読んでほしい。
ある日、重度のうつ病が露見したフレデリカ。緘口令が布かれレイジー・レイジーとして同じステージに立つ予定だった志希はその持ち前の知識や能力の高さからフレデリカを救おうとする。フレデリカが徐々に回復していくにつれ、事態はあらぬ様相を呈しはじめる――
こう書いてしまえば月並みと言われてしまうかもしれないですが、それを補って余りあるどころかぶち破っていく文章の強さと病気の写実性。わりとこれを書くためにパラ読み返ししても息を飲む感情の動き。「バラバラになったルービックキューブ」という象徴が全てにおいて強すぎる。
私が少し長めの文章を書く際に概ね「理性vs情動」みたいな対立構造にすることが多いのは、間違いなくこの作品の影響だと自分では思っています。それぐらい、私のデレマスとの(知らないうちの)出会いであり、私の二次創作人生に多大な影響を与えた1作です。

 

 

 

12/2 『それがあなたのくれたもの』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6298552


2日目は私の原初のSS考案者時代に心に残ったSSの中から一作をばと思い選びました。なんなら今日まで昨日が未央ちゃんの誕生日だったの忘れててこっち先のがよかったのではと思ってます。

私は2015年の4月からみくりーなを考えて、それをひたすらたったひとりの先輩にTwitterのDMで渡して喜んでもらう、という閉じたという言葉で表すにも狭すぎる環境でみくりーなを考え続けていました。基本的に考えるのもみくりーな(とみくりーな作品に出てくる少しのうづりん)だったのですが、秋口に入りアニメが佳境に入ってきたときに先輩が言ったのです。「みおあいはいいぞ」と。先輩はモバのゲームをやっていたので知っていたのですが、私はやっていなかったので当然わかりませんでした。それから少しずつ先輩に勧められるままに他CPを調べていって、そしてある日このSSに出会ったのです。
このSSは私の中でのみおあい像のひとつを確立させ、また世界の広さや文章の巧みさというものを改めて実感させてくれた大切な文章です。みくりーな以外で短編をひとつ挙げてくれ、と言われたらいまだに脳裏に真っ先に浮かぶ候補に入る程度に。

昨日は作品があまりにも大作かつ体験してほしさが圧勝したので何も書きませんでしたが、ある程度はネタに踏み込みつつ書いていきます。先に読みたい、という方はここまでで上のURLから本文をお読みください。

「心の中の額縁に飾られた言葉」という形容が非常に上手く、読んでいて非常に納得のいく比喩というか想像につきやすくとても得心がいったのを覚えています。その上で例えば『ただただ私はずっとその言葉を、飾って、隠して、閉じ込めて、いるのだ。』で「閉じ込めているのだ。」ではなく「閉じ込めて、いるのだ。」とすることで迷いや言葉を選びきれない感じを引き出していて、1段落目からぐっと後ろめたさややりきれなさに引き込んでくる文章。
そこからは行動描写と叙情と鍵かっこで括るまでもないセリフを地の文で上手にブレンドしながら進めていくなかで、句読点による区切りが多く入ってきます。私は脳内で読み上げをするタイプの読者なので特にそうなのかもしれませんが、点を意識すると読み上げで息継ぎが入ることが多く、1段落目から逢わせて藍子のことについて悩んだり今現在考えていることをそのまま地の文として垂れ流しているような感覚を味わうことができます。
そして恋の自覚からくる自己嫌悪の比喩もえげつない。『「好かれている」という、私にとって、とても優しい、やさしい、花。無遠慮に下ろした足の裏に、無残に張り付く小さな花をありありと思い浮かべてしまって。体の奥が、ひやりと降下する。』というどこか生々しさを感じさせる例えや、「自分は悪者だ、というひやりとした珠を飲み込む」というどこか自分でも体験したことのあるような表現が、普段の未央の明朗快活な様子と対比される(勝手に自分の脳内で対比してしまう)ことで、未央がこの考えを信じ込むことでどれだけ変わってしまったかを明確に照らし出す。
そして茜に勇気を貰って、藍子に会いに行くシーンへ。諦めた、泣きそうな笑顔をする未央があまりにも鮮烈に想像できて、最初に読んだ当時はお腹の中心が持ち上がるような息苦しさを覚えたのを未だに忘れられません。全てを擲ってでも藍子に笑ってほしい、という一種の自己犠牲。そういうところだぞ本田未央。そうすれば、最後の大団円までは一直線で溜息をつくしかない。

地の文の書き方をこの作品から一部拝借している気がしていることもあって、本当に思い出深いSSです。

 

 

 

12/3 『幻燈夜話』シリーズ(ニッタニャロマネスクシリーズ)

【本文】
https://hiragikaname.booth.pm/items/394178 (幻燈夜話/燦々歓話/絢爛情話)
https://hiragikaname.booth.pm/items/723094 (帝都百景・上)
https://hiragikaname.booth.pm/items/723097 (帝都百景・下)
https://hiragikaname.booth.pm/items/818690 (帝都百景・花氷)


デカいシリーズから1本、と思って調べたら全部無料になってて超ビビりました。慌てて30分ぐらい作者の方のtwitter遡ったら4月12日から著作全巻無料だったらしいです。この世のバグがまたひとつ発見されてしまった。
私はこのシリーズの『帝都百景・花氷』以外の物理書籍を持っているのですが、この本を買いに行くためにみぞれ舞う京都のシンステ4STEPに行ったことがあります。もちろん他にもたくさんの本を買わせていただきましたが、行くきっかけになったのは間違いなくこのシリーズです。コミケでも真っ先に先輩用も含めて2部買いに行って「えっ、開幕2つ?」みたいな顔をされた(ように見えた)のもいい思い出。

何がヤバいってまずは物量です。シリーズの作品の物理書籍、A6サイズで774p/486p/414p/454p/428p/168pです。合計2724p、挿絵やあとがきを含めても2650pはくだらない。キャビネットの上に積むと肘置きになりかねないレベルの高さ。
そして「ニッタニャロマネスク」という表題に違わぬ跳梁跋扈系大正浪漫パロ。大正の世を影から守る帝都守備隊、そして妖と関わりながら世界を駆け抜けていくアイドル達。メインキャストでない人々にも細かく設定が加えられていたり匂わせ描写があったりと作り込みの質が半端ではないです。
ストーリーは概ね「妖と人間の世界が重なりお互いに過干渉を避け合っている最後の緩衝地帯、日本帝国。華族の娘であるが特殊体質によって妖に狙われやすい新田美波が、ある日半妖の少女アナスタシアをそうと知らずに保護する――」というようなシーンから始まるオムニバス。美波とアーニャの他にも、帝都守備隊の凛と女学生である卯月、帝都守備隊内での関係である未央と藍子、霊視力を持つ酔いどれ探偵高垣楓と下宿屋の三船美優、霊への対処を専門とする奏・文香・ありす・周子といった「蒼月堂」の面々――様々なメンバーが折り重なって巨大な布地のような物語を形成していっていて、かつキャラクターと愛の形を魅力的に描き出しています。
個人的に好きな話をピックアップするのであれば『酔いどれ忌憚』『対魔一刀・八咫烏』『帝都百景・肆』あたりでしょうか。印象的な一文(これでもかというほど重大なネタバレになるので載せられないのが本当に惜しい)、話の王道的な構成、胸が締め付けられるような切なさと解放。全てにおいて参考にできるならしたいぐらいの物語です。

この文章を書くために読み返して鬼のように時間をとられてしまいましたが、今読んでも色褪せることのない名著ですので、もしお時間があればぜひどうぞ。

 

 

 

12/4 『コイビト7days』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6386638

 

初週は何か二次創作においての節目になった作品で自分語りを徹底的にやろう、と思い立ってブックマークを漁り、手に取ったのはこの作品でした。作者の柏木先生は昨日紹介したニッタニャロマネスクシリーズの設定作成に協力されていたこともあってネタ出しのお仕事で参考にさせていただきたいと思っている偉人のひとりです。
この作品の投稿は2016年の2月、デレマス史としては確か響子ちゃんと飛鳥の声がようやく我々に届くようになった頃だったと記憶しています。デレステのイベントはグルーヴ初のViでアンコール曲はTulip。ヒエッ。
ともかく2015年後期から2016年前期にかけてのみくりーな史はどうだったかと言われると、前川みくの感情が重い作品が多かったという(あくまで個人的な)イメージに終始します。みくりーなはBL、という感想はリアタイ勢としてはよく見たものでありましたが、「じゃあみくりーなで百合をしっかりやってみよう」という百合畑の方々やそれに感化された方々によってそういう風潮があったのだと思います。私もおそらく後者に分類される人間だという自覚はありますが。
そんなタイミングで出会ったのがこの作品で、読み終わってからなんだか久々にラブコメ的要素がある作品を考えてもいいかな、なんていう気になりました。そもそも私はハッピーエンド派閥で好んで読める落としは中までぐらいの人なので、そういう意味では原点に一度立ち戻る機会を与えてくれた作品、ということになると思います。

恋愛ドラマで役を貰ったアナスタシアは、役の勉強のために美波に恋人ごっこを申し出る。周囲に様々な誤解をふりまきかけたものの美波はこれを了承し、美波の部屋で暮らす一週間が始まったのだが――というある種王道展開。
上ではあんなことを書きましたが、この作品をラブコメと題することに関しては懐疑的です。少女マンガ的な純粋恋愛要素とちょっとした笑いどころ、起承転結をしっかり盛り込みつつ新田ーニャの感情の重さをしっかり土台に敷いてあるという意味では恋愛ドラマ的になるのかもしれません。
しかし、恋愛的な場所ではばちこりに恋愛をする文体である、というのが楽しく読める大きな理由なのかもしれません。三人称の地の文と一人称の思考を描写した地の文をカジュアルに混ぜ込んでいてテンポよく読み進められる、というのもあり、(たまにある強い恋愛要素に脳を破壊されなければ)長さを感じさせない一作になっていると思っています。
この作品のお気に入りの表現として「――ああ、今。綺麗な流れ星が落ちた。」というのがとても綺麗かつ新田ーニャっぽいと思っているのですが、どのような場面で使われているかについてはぜひ読んでお確かめください。なんとなく想像はつくと思いますが。

楽しく読める文章とはなんなのか、未だに自分の中で結論は出ていないもののそれを当時の私に考えさせてくれる一作でした。それはそれとして甘さが欲しいときに読むと楽しい。

 

 

 

12/5 『鮮やかなペール・ピンク』作品群

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6014212#3 (名付ける前から熱の底)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6443285#3 (そのまばゆさが手を伸ばす)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6940900#4 (深く踏み出す+1)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8216536 (鮮やかなペール・ピンク)

 

節目ブロック最後ということで持ってきたのはこちらです。短編集に収録された3作と完結編1作で構成された、五十嵐響子さんと吉岡沙紀さんのお話。最初の投稿当時は響子さんにボイスが実装される前、pixiv小説の「きょうさき」タグでは2件目に位置する作品になります。
そもそも私がこの作品に出会ったのはピンクチェックスクール/トライアドプリムス/ポジティブパッションのメンバーを調べていたとき。五十嵐響子というアイドルのデュオユニットについて調べていたところハートハーモナイズを発見。「ユニット初舞台で手を握られて『温かくて、指が長くて、きれいな手…』と感想を漏らす」という公式のエピソードが強すぎてpixiv検索をかけてみたところこの作品に出会ったという流れでした。この出会いからわりと色々なカップリングの小説を幅広く検索してみることにした、というのもあって、自分の視野を広げてくれた非常に大切な作品でもあります。

構造としてはそれぞれの短編集内の共通項*7を拾いつつ響子と沙紀の関係が進んでいき、『鮮やかなペール・ピンク』で結実させる形の連作になっています。それぞれが単発で読めるようになっているものの同一のふたりとして読むことも可能で、そうすることでさらにふたりの歩みがしっかりとしたものになっていくようになっているので全て読むことをなるべくオススメしたいです。
作者のそいそうす先生は淡く柔らかな筆致で感情を描く、個人的にパステル系と呼んでいる系統の文章を書かれる方で、繊細な心の中を丁寧に描くということが非常に上手だと思っています。表現の言葉選びについてもかなり選ばれているようで、『名付ける前から熱の底』でのラベルの話や『深く踏み出す+1』の仮眠室でのワンシーンなど、こちらの脳内に絵画を設置してくるタイプの情景描写が印象的です。もしくは、ご本人がマンガも描かれるということでそういった方向かもしれません。
そして全てが収束する『鮮やかなペール・ピンク』はある種圧巻とも言えるほどの鮮やかさと柔らかさ。タイトルに偽りなく、「鮮やかなペール・ピンク」という文章を以って「鮮やかなペール・ピンク」である五十嵐響子を、「鮮やかなペール・ピンク」である響子と沙紀の関係を描ききっています。どの表現が好きか、というのを選ぼうとしましたが全体的に好きなので選ぶのを諦めました。

純粋なラブストーリーであるため百合展開がそこまで好きでない方には辛いかもしれませんが、そういったものが嫌いではなく心温まるふんわりとしたものを求めている方はいつかページを捲っていただければと思います。

なお明日から暫くはフォロワーの文章ピックアップ期間になります。

 

 

 

12/6 『白菊ほたるの幸福論』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7583824

 

今日から暫くは知り合いの文章の感想を書き褒め続ける週間になります。正確には「週間」にしようと思ったら日付が足らなかったので11日間やります。11/25、44%がフォロワーの文章です。

まずこの作品はおそらく社会的*8にも非常に評価されていると言っていいだろうものであり、かつ書評や考察などはある程度形の整ったものがインターネット上に存在し、更に言うなら私はこの作品の属する『超常現象プロダクション』シリーズは1作目とこれしか読んでいません。これだけ羅列すると何故この作品を選んだのか、単発作品である『諸星きらりの子守唄』のほうが適しているのではないか、という気分に自分でもなります。しかしそれでも私がこの文章を選んだ理由は、この文章が間接的に私に「文字を書く知り合い」を齎してくれたから、というある意味昨日までの「二次創作生活の節目」シリーズの勢いを引きずったから、というのが実情です。
ミス・フォーチュンを知って暫く、私はこの文章を見つけました。私はこの文章の構造に惚れこみ、ある種この文章の外観を模倣した文章を書けないか、とプロットを練り始めることになります*9。そして私はこの作者であるmaron5650さんの名前を覚えていました。
さらに時間が経って、フォロワーのひとりがmaron5650さんと会話をしていたのを見かけ色々な葛藤と逡巡の末にフォローを飛ばしたら即フォローバックが来てビビっている間に別の人間からフォロー申請が飛んできて、そのままその周囲の人間に巻き込まれていくことになり――要するに、文章を書いている知り合いが増えたということです。
要約してしまえばそれだけなのですが、この集団に巻き込まれていなかったら今も文章を書くモチベーションがあるかどうかは怪しかったりもするのでかなり大きな人生の転換点だったと思います。人生を狂わされた、とどちらのほうがより正確なのかについてはコメントできませんが。

文章についての話に移ります。
『超常現象プロダクション』シリーズは一部のアイドルが超常的な能力を持っているアイドルプロダクションの中で起こる事件を通じて、双葉杏諸星きらり、人を救うこと・人を愛することとは何か、人間とは何かについてを描写していく長編連作*10です。今回紹介?する『白菊ほたるの幸福論』はシリーズ2作目にあたります。メインキャストは白菊ほたると鷹富士茄子、双葉杏と依田芳乃。
舞台である事務所に白菊ほたるが加入するところから物語が始まり、鷹富士茄子の幸運/白菊ほたるの不幸とはどのようなものなのか、あるきっかけから暴走し始めた不幸を回避することはできるのか、そしてシリーズを通してフォーカスされる双葉杏という"人間"の欠缺について。全てが余分でなく、複雑に絡みひとつの模様を形成していく。
「不幸を乗り越える」モバゲー版と「不幸と共に在る」デレステ版のふたつの選択があるという学説もある白菊ほたるですが、執筆当時特にフォーカスされていた「乗り越える」ほたるのひとつのゴールがここにあると言っても過言ではない作品です。しかしそれでいてどこか「共に在る」の先だと解釈することもできる『谷の底で咲く花は』を想起させる(歌詞の内容如何というよりはその状況が、という意味で)シーンも存在するというのは先見の明なのでしょう。
少しずつ積み上げていった説明と文章を爆発させる瞬間的な能力バトルとも言える屋上での攻防、そしてそこから繋がる「アイドル」。この文章を書くために読みなおして個人的には実際に7thライブ幕張公演での"白菊ほたる"の挙動を思い出して思わず息を飲みました。
数人のキャラクターの微細な感情や情報を積み上げていきどんどん大きく様々なものを巻き込んでいく、という「オーケストラ型」と個人的に呼びたい形であるmaron先生の文章。年に1人ぐらいしかフォローを増やしていなかった私に「この人と喋ってみたい」と感じさせた力はここにあるんだろう、と読み直して思った次第です。でもものすごく精神力を持っていかれるので軽々に読めないんです。メンタルが安定したら読もうと思っていたらずっとメンヘラのままなのは本当に申し訳ない。

様々な意味で人生の転機になったこの作品のどこがどう、ということを詳しく書くだけの視点や語彙を持っていないことが非常に悔やまれるところですが、私はいつまでもこの作品をひとつのアイドルの完成として見続けています。

 

 

 

12/7 『スウィート?ビター?それともサワー?』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11538257

 

知り合いの作品シリーズ第2弾は珍しくシャニマスからのエントリー。デレマスで揃えたほうが見栄えはいいだろうな、と思いつつも本人の性癖*11に合いつつ口当たりの良いもので一番自分が感想をしっかり書けそうなものがこれだったので仕方がない。

作者のヌコスキーさんは思いついてからの筆が早い・躊躇いがない・容赦がないことで一部界隈では有名ですが、文章の幅もわりと広いほうにあたると思います。Twitterに上げている掌編はひたすら優しかったり甘かったりする一方、pixivの1000文字以上の作品は少し落としがあったりアイドルが失踪したり二度と目を覚まさなかったりするのでそういうのもかなり書けるということでもあります。
今日ご紹介する『スウィート?ビター?それともサワー?』は上述したものほどではないものの、純粋な恋愛というよりは自分の感情と向きあうことへの煩悶や懊悩をコメディを交えながら描いていく、というような流れになっていると思います。間違ってたらごめんなさい。シャニマスは詳しくないです。でも作者本人は「おずおずと果穂を抱きしめつつもなんとも言えない罪悪感を感じる先輩の苦悩する様を妄想すると楽しいんだぁ……」と仰っていました。

果穂のことが恋愛的な意味で好きな智代子は、雑誌インタビューをきっかけに果穂の気持ちの確認と自分の心のために「恋愛の実習勉強」を提案する。「実習」と智代子の「反省」を交互に繰り返しながら進んでいく物語は、いったいどこに着地するのか。
智代子の罪悪感と喜びの間で揺れる微妙な感情を描写しながらクライマックスに向かっていき、最後に「答え合わせ」をするシーンは一課の中でも特に柔らかい文章を書ける人間としての面目躍如とも言えるでしょう。『今考えてることしか、わからないし。』という覚悟の決め方は自分には書けない描写の仕方だな、と手を打ちました。

構造としては「掌編のあたたかさと中編の揺れ動きを上手くミックスさせた、ヌコスキーさんらしい作品」と称することができるでしょう。個人的には非常に好きな分類です。

 

 

 

12/8 『地上の夢 蒸気の現実』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11822152

 

本日はいかざこ先生の『地上の夢 蒸気の現実』です。こちらは2019年2月24日に開催された歌姫庭園18にて頒布された『蒸機公演合同 クロックワークメモリーズ』に寄稿された文章で、現在では無料公開されています。読みましょう。ちなみに合同誌本体はB5サイズ1.1cmとビッグサイズ。厚さを確認せずに買って手渡しされた時に「厚っ」って声が出ました。
そもそもこの「蒸機公演」というのはモバゲー版の方で開催されたイベントで、「舞台は蒸気のディストピア!」みたいな本当に意味わかって言ってるのか疑うような予告から「私はちゃんとわかって言いましたが?」みたいな顔をしてお出しされるガッチガチのストーリーでTwitterトレンドをかっさらい名イベントの称号を戴冠するに至ったイベントです。公演系なので「アイドルがこのストーリーの芝居をしている」という前提で、主演は岡崎泰葉/斎藤洋子/神谷奈緒/中野有香。地下のスチームパンクディストピア都市国家で自我を持ったアンドロイドと夢を忘れられなかった人間たちが交錯するストーリーです。現在ではモバゲー版の資料室→イベントメモリーから見られるらしいです。読みましょう。伏線回収や配役、容赦ないディストピアも含めて王道かつ覇道。わりと初見時に鳥肌が立ちました。

このSSは神谷奈緒の演じる「ナオ」がなぜレジスタンスに所属することになったのか、という二次創作エピソードを(おそらく)北条加蓮の演じる「カレン」という最下級市民の少女との出会いを絡めて描く作品です。
「ナオ」がかなり神谷奈緒に寄せたキャラクターとして描かれていたこともあって奈緒と加蓮の関係性を「ナオ」と「カレン」に落とし込みつつ、蒸機公演の世界に上手くマッチさせていると言っても過言ではないでしょう。
そして「話すように書き、考えるように書く」文章が、主人公気質のある奈緒(とナオ)にかなり合致しています。再現度の高いナオの思考変遷とセリフ回し、ナオの注目する地点の描写によって、ナオやカレンの一挙手一投足を脳内で克明に描くことができる。脳内で描写したい映像がはっきりと見えているからこそできるものだと私は考えています。そういう点を含めて個人的に好きな描写としては『「そ……そんなことっ!そんなこと……言うなよ……」』のあたりです。その前の描写を含めてナオの視線の動きまで想像できるという凄まじさ。
レジスタンスとなり蒸機公演を駆け抜けたナオがその後カレンとどういった会話をしたのか、その後の人生をどう駆け抜けたのか。この作品では明らかにされていませんが、どうあれそれはきっとナオらしいものなのだろうというどこか希望のある前日譚として完成されていると思います。

何はともあれ、私は常に続きとリミッター解除版を待ち続けています。自分で三次創作を考える程度には。

 

 

 

12/9 『Childhood's End』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10850231

 

果てしなく続く知り合いの文章ロード、4日目は元ゴリラさんの『Childhood's End』です。タイトルはデレステ公式のVelvet Rose系コミュと同じくSF作品、『2001年宇宙の旅』などでも知られるSF界の超大御所であるサー・アーサー・チャールズ・クラーク氏の作品から。邦題は『幼年期の終り』。
この作品は2019年3月頭に投稿とVelvet Rose黎明期*12に書かれた作品です。「Fascinate」が非常に様々な解釈ができるコミュだったこと、ふたりの思わせぶりな言動なども相俟って非常にたくさんの解釈や考察、そしてそれを下敷きにしたSSやイラストたちが界隈に溢れました。作品キャプション曰く「ある種の怪文書」であるらしいこの作品も、そういったムーブメントの中で生まれたものの1つです。

「黄金の血」と称されることも実際にあるO型Rhヌルという血液型を設定のひとつに据え、自分と千夜にとって纜とも鎖ともなりうる特異かつ強固なつながりに翻弄されながらも(少なくとも本人の認識としては)願望を違えることなく貫こうとするちとせの姿を、「強さ」を描くことをキャラクター造形として拘っている様子の見られる元ゴリラさんらしい筆致で描写していく。
特徴的な比喩など公式らしさも残しながら独自の世界を、それもVelvet Rose黎明期に書き上げることができるのは公式文章に対する咀嚼力の高さが為せる技なのでしょうか。
個人的に一番好きな場所はちとせの回想の最後、「『私……』千夜ちゃんの笑顔を、もう一度見るまでは。『死にたくないよ……』」という部分です。ちとせ本人の意志としては「千夜にもう一度笑顔になってもらうまでは死ねない」という意図であろうことは容易に予想はつくのですが、それはそれとして発声された「私、死にたくないよ」だけだと正しく生への執着であり、意識とは別にそのような発声をしてしまったのかなど更なる考察が滾る3行になっています。生の理由について複雑な事情と感情が渦巻く黒埼ちとせを非常に上手く表現していると思いました。

登場人物の視点から内心に大きく踏み入っていく方向ではないものの、ひとつの短い演劇を見ているような感覚を抱くことのできる非常に面白い文章だと思っています。

 

 

 

12/10 『遠くの夜になったら』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13670126

 

書き溜めがなくなったのでライブ感と常に同居し続ける羽目になったアドベントカレンダー、記念すべき10日目はタオル半額先生*13シャニマスよりかほちょこのSSをば。なるべくデレマスのSSで揃えた方がとか言っていたのはどこへやら。
そもそも前提として私のシャニマスは9割受動喫煙1割コミュ動画で出来ているので書いていいのかという問題はありますが、フォロワーの文章を読むという大義名分のもとに自己正当化をしています。そもそもタオル半額さんサイドも幻覚を垂れ流すことによって洗脳しているとか言ってるので許してくれると信じて。許されなかったら新しい記事を書きます。

物語はインターホンの音から始まります。「智代子の家のインターホンを果穂が聞いている」「しかも玄関を開けたので室内から聞いている」というちょっとした叙述トリックのような描写から始まるこのSS。インターホンを押したのは飲み会で潰れてしまった智代子を送り届けに来た樹里で、果穂に智代子の面倒を見てくれるよう(なんの疑問も覚えず)頼んで帰る。自分の飲めない酒というもの、年齢という壁に突き当たりながらも果穂は智代子と会話をする――
年の差年齢操作系ではある種定番ではある「お酒」「大人」という壁をあがいて越えようとする姿を解像度高く描いているのと同時に、お互いに小学生と高校生の頃からずっと一緒にいた果穂と智代子だからこその気安さ、そしてその気安さに起因する果穂の不安とじれったさを上手く混合させて読みやすく仕立てている。
更に最後には記憶がなくなるということを確認したうえで「ひとつ聞」こうとする果穂を無条件で肯定する智代子の「果穂はいい子だもんね?」という言葉が非常に上手い。この言葉はある意味で果穂の聞きたかった言葉であり、既にこの時点で概ね果穂の負けが決まっているのだ。しかしそれでも引き下がらずに訊ねてしまう果穂に、智代子は無意識に、無防備に、そして無責任に果穂の欲しかった一言を手渡してしまう。果穂でなくとも「そういうところなんじゃないか…?」と言いたくなるようなこの描写が私は一番好きです。

心の揺れ動きを感じさせるタオル半額さんの作品の中でも、非常に読みくちが甘くきれいな作品だと思います。

 

 

 

12/11 『遠けき私の名を呼んで』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12391286


チーム多分一番書きやすいよなあと思って選んだものが自分の記憶よりだいぶ「書いてないだけ」だった時にどういう顔をすればいいのかわからない、副団長を務めている斬進です。本日もひたすらアドベントカレンダーを書いています。
本日ご紹介させていただくのは御神楽先生の『遠けき私の名を呼んで』です。日野茜鷺沢文香という対照的なふたりはデレステのBright Blueコミュ公開付近からにわかに界隈をざわつかせ、現在でもその権勢を大いに保っているカップリングのひとつです。端的に言えば御神楽先生の推しカプでもあります。
ちなみに御神楽先生の文学的方向性が自分の波長とかなりしっくりくるのでとても読みやすいです。

最大限にぼかしてあらすじを書くのであれば、「一緒に出かけようとしていた茜と文香が雨に降りこめられてしまい同居中の部屋で過ごす。文香は大切なものが失われるからと拒んでいた引っ越しを決意し、茜はそれを喜んで受け入れる」――ではありますが、何せ匂わせが凄い。「ギリギリぼかしてるので全年齢にしてます」とキャプションにありますが、裏返せば「ぼかさなければ全年齢にならない内容である」ということでもあります。例えば茜が文香の白い肌を好きだというシーンでは当然のようにふたりが同じベッドで裸身で寝ていることが描写されますし、ベッドで寝ようと提案することが"決まりごと"であるということも、"最中"に名を呼ばれて初めて返事をした様子も描かれます。そのぼかすピントのずらしかたや代わりにピントを合わせる匂わせの手法、どこか芸術性をも感じさせる迂遠な描写の数々。単純に恐ろしく文章が上手い、という圧があります。
そしてそれだけでは終わらないのがこのSSの恐ろしいところ。文学的比喩やシチュエーションの設定においても非常に強いものを持ち合わせています。私が一番好きな描写は先述した"決まりごと"の後の「茜は普段通りエアコンのタイマーを設定して目覚まし時計を調整し、けれどそれから、常とは違って机を上げることも、布団を敷くこともしなかった。ただラジオアプリの音量を少し上げただけだった。自分の鼓動が、あまりにもうるさかったから。」という部分です。「心臓の鼓動」という茜らしさを持った言葉や「普段通り」の生活なのですが、それらがやや詩的に用いられることで「茜が文香の影響を多少なりとも受けているのかもしれない」という想像が可能というシロモノ。三人称の文章ですが一人称に寄り添った地の文であるが故のこの読ませ方はまさに物書きの面目躍如といったように感じます。

全体で読めば非常にすっきりとまとまった「文学」であり、作者である御神楽先生の地力の高さを窺い知ることのできる一作だと思っています。

 

 

 

12/12 『名もない花』&『シガー/キス』

【本文】
https://www.pixiv.net/artworks/74031711 (名もない花、1ページ目)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11014017 (シガー/キス)

 

毎日楽しく書かせていただいていますが、今日は推し作家の日なので特にウキウキしながら書いています。ひでん之先生のシャニマスSSの日です。
そもそも現在の界隈に留まるきっかけであったり、何かとひでん之先生にはお世話になっているので好きな文章を思いっきり褒める回にはだいたいこの文章を投げ込んでいるせいで今回紹介させていただく『名もない花』は人生で6回ぐらい全文褒めるやつをやっているのですが、好きなので再放送します。でもそれだけだとコンテンツが足りないのでもうひとつ文章を書きます。今回は拡大版になるかもしれません。


『名もない花』に関しては非常に短い掌編なので全文引用の勢いで使います。先に上記リンクから本文をお読みになることを強く推奨させていただきます。


『名もない花』は放課後クライマックスガールズの果穂と夏葉の話です。しかし、果穂の一人称で進む文章内には「有栖川夏葉」を明確に指す言葉は存在しません。
1段落目と3段落目は「花」に関する文章です。「でも、咲いたことだけは、はっきりわかりました。」という言葉に込められた不可逆性、「あなたが育てたこの花」という言葉に込められた微かな願望。果穂の純粋無垢な感情の中に強烈に咲いた花を連想させる文章。
そして2段落目には「花」と共に在る感情が3つ並べられています。「あなたが楽しそうに笑うと首のうしろがちりちりします。」「あたしの名前が呼ばれるたびに飛びはねてしまいそうになります。」「何色の絵の具を混ぜたらあなたの目の色になるのでしょう。」
瞼や胸ではなく「首のうしろ」であるという感覚的な表現、飛び跳ねてしまいそうという果穂の無邪気さと快活さを表した動作。そして「何色の絵の具を混ぜたらあなたの目の色になるのでしょう。」という天才的な一文。小学生らしさのある比喩でもあり、色を喩えるのではなく自分の手で作ろうとするという積極性を持っていることを表す文でもあり、墨色という作り方の想像がぱっと浮かびづらい色の目を持つ相手を想っていることの証明でもあり、たとえば図工の時間にふと絵の具を見てそんなことを考えてしまうほどにその相手のことを四六時中考えているということを匂わせる文章でもある。非常にハイコンテクストで解像度の高い、名文と呼ばざるをえない文章だと思います。

180字に満たないスペースでこれだけ「読ませる」文章を書くことのできる作者は天才だと思います。


そして『シガー/キス』はセリフのみで構成された、いわゆるト書き形式のSSです。作者のひでん之先生はそもそもそちらの方向で掲示板にSSを上げていられたということで作風の幅が広い。
現在の時間軸から数年後、付き合っている夏葉に隠れて煙草を吸い始めた樹里と、「煙草を吸うことそのものにとやかく言うつもりはない」非喫煙者の夏葉。隠し事をされたことに対して「自分の努力不足」と言い始めた夏葉と、振り回されながらも楽しそうな樹里の話です。
下敷きに強い信頼関係があったうえで、すれ違いとも言えないようなすれ違いを起こして即座に体力で解決しに行く夏葉。樹里はそんな夏葉を見ているのが好きでずっと側にいるのだろうかという妄想も膨らみます。落としでタイトルの『シガー/キス』が『シガーキス』でない理由も判然とするのでとても読んでいて楽しい。
個人的には最後の一言が、三点リーダを乗せることでわりと本気で呆れているということがわかるのが面白いなあと思います。おそらく三転リーダを取ると心底楽しく、悪くなさそうな提案をされたようなポジティブな相槌に見えると思うのですが、そうではなくしっかりと呆れる(?)ことでコメディチックで、樹里の煙草も含めて「軽い話」(=お互いに気にしていない話)に落とし込んでいるんだろうかと思っています。

こちらは地の文が全く無いにも関わらず、軽快かつ「それらしさ」を積み上げている非常に楽しい作品だと思います。

 

 

 

12/13 『薄暮

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13598932


折り返しは一番付き合いの長いカップリングを、と思い、本日はみくりーなです。逆に今までよく我慢したと自分で自分を褒めたい。嘘です。
みくりーなについて語ると日が暮れるので省略させていただきます。カズラ先生は2018年からコンスタントにみくりーなを生産されている方で、2018年の「#毎月26日はみくりーなの日」には12日間全日参加されSSをpixivにアップロードされるなどわりと発想の化け物感があります。某大学アイマス研究会にご所属されており、そこにも部誌が出るたびにSSを寄稿されているらしいです。何を食べているのか常々聞きたいと思っています。

作中に出てくる楽曲はback numberの『わたがし』だとキャプションで明言されていますので、そちらも合わせてご覧ください。掛け値なしにいい曲です。
https://www.youtube.com/watch?v=uy_BaRBJIzQ (わたがし/back number)

事務所で毎年開かれる小規模な夏祭りで焼きそばの屋台を手伝う李衣菜のもとに、みくが年少組2人を伴って訪れる。焼きそばを手渡してまた祭りの中に消えていくみくを見送りながらも、李衣菜は何かを言い忘れてしまったような、一抹の寂寥感を覚える。祭りのほとんどが終わって薄暮の中、手伝いが終わった李衣菜はまたみくと遭遇し――
タイトル通り、太陽の落ちた後の少し明るい薄暮の時間帯に残る夏祭りの残滓。線香花火のように頼りなく儚げな時間に、名前をつけることの難しい感情が溢れる。非常に叙情的な情景の中、片付けを待つばかりの無人の綿菓子機にザラメを注ぐ。強烈に甘さを感じながら、みくの溢すように呟いた言葉を、みくの幸せそうにへにゃりと笑った顔を受けて、李衣菜の感情もまた溢れる。もどかしさに終始した「8年前の曲」から一歩進んで、「楽しいね」だけでない感情をきちんとみくに伝える。そして、みくの短い返答が佇んでこの物語が終わる。
語彙力が無くていいなら「ここ全部天才」の一言で済ませたいのですが無いと困るのでもう少し続けないといけません。
自分の感情を理論的に説明することは非常に難しいのですが、空気感の作り方が非常に丁寧、という説明が一番合っているのだと思います。そのうえで最後のセリフの前にひとつ空けられた行が、まるで世界に李衣菜とみくしかいないような、そういった錯覚を起こさせるような間であるのが非常に巧みだ、というのが精いっぱい理論的にかみ砕いた結果です。詳しい分析をお待ちしています。

総合的に言えばめっちゃ好きです。語彙力が底をつきました。

 

 

 

12/14 『贈られ人、贈り人』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10575115


12月14日、本日は知り合いの文章の中でも少し変わった趣向のものをご紹介させていただきます。琉琉琉先生の『贈られ人、贈り人』です。
この文章はとある合同誌に寄稿されたものなのですが、その合同誌のタイトルは「大風呂敷を広げられるだけ広げたデレマス合同誌」。5000文字以内で可能な限り風呂敷を広げてブン投げるという縛りのある非常に変わった小説合同誌で、その特性上完結の目を見ない文章であったりTRPGリプレイの冒頭風の文章であったりという様々な文章が投下されました。これはその中でも非常に「大風呂敷な物語」であることうけあいの一作です。
ちなみにこの文章の直接的な続きは存在しないものの、同じ世界観・設定の作品はいくつか*14存在しており、単発作品としても精神的後継作としても読むことができるのでそちらもぜひどうぞ。

ある日いつもの失踪癖によって辿り着いた喫茶店で、志希は自分が異界――サンタクロースが平然と自分の同僚としてアイドルをしているという奇妙すぎる日常――の中に居ることに気付く。様々な疑問と"キョーミ"でトリップしかかりながらも、彼女はサンタクロースについての疑問を調査するための手法として(前回たくさんの人を巻き込み過ぎてもはや隠密行動に向かなくなってしまった都ではなく)彼女に「サンタの素質がある」と言われたことがありメモ癖のある加奈を経由することを思いつき、早速喫茶店を後にした。
あらすじを書き起こしてしまえば5000文字ということもありこれだけで済んでしまうのですが、この文章の凄まじいところは「作者の一ノ瀬志希の思考を可能な限り忠実に再現しようと試みている」というところと言いたいです。散逸的という訳語を当てるのが正しいのかはわかりませんが、あらゆる方向に向けられているうえにピント変更を繰り返す思考を可能な限り描写しています。作中にも述べられている『サンタクロースは実在するのか』という非常に有名な社説に絡めて*15話を進めていくのもアメリカ留学経験のある知識豊富な志希らしい、という説得力があります。
そしてこの作品の畳みは上述したようにこれから調査する準備が必要だ、という部分で締めくくられているのですが、これもまた「大風呂敷合同」という特異な場に対しての作者なりのアプローチが見られます。何か一本の物語があってそれの冒頭で風呂敷を広げるのではなく、「話の始まり」としてフックになる設定とほんのワンシーンだけを用意することでどのようにもこの先の物語を進めることができる、いわば無限の拡張性をもった文章を展開しているのです。このうちのいくつか――サンタクロースとは何者なのか、あるいはなぜイヴは英語だけが喋れないのか――は実際ご本人からお話を伺ったことがあるのですが、その手段のない人間にも強制的に大風呂敷のその先を想像させる、非常に技巧に富んだアプローチだと思います。

作者の内心に存在するアイドルのアウトプット、という非常に難解な作業を見事にこなした、華麗な一作だと思います。

 

 

 

12/15 『乙倉悠貴と神隠しの話。』&『依田芳乃と懺悔の後日談。』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10607578 (乙倉悠貴と神隠しの話。)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10934586 (依田芳乃と懺悔の後日談。)


そろそろこの一番最初のどうでもいい部分に何を書けばいいのかわからなくなってきました。15日のアドベントカレンダーです。
今日は姪谷凌作先生の『乙倉悠貴と神隠しの話。』、そしてその「解答編」であり「解決編」でもある『依田芳乃と懺悔の後日談。』をまとめてご紹介いたします。かなり陽気なご本人に比して、どことなく影のあるものが多い姪谷先生の作品。じつは2人組で活動しているという噂も絶えませんがそれはそれとしていい作品が揃っているのでぜひ。

依田芳乃が全ての人間の記憶から消失している。親しかった乙倉悠貴も例外ではなかったが、何かの引っ掛かりとバッグの中に入っていた綺麗な石を頼りに様々な場所を捜索していた。そのうちのひとつ、アイドル3人が主役だったはずのドラマの撮影スタジオを訪れた際に、今までにない変化が起こる。目を開くと花火大会へ向かう装いで、芳乃のことは呼吸をするように思い出すことができた。待ち合わせ場所に果たして芳乃は存在し、ドラマの撮影スタジオで花火をふたりで見上げる。しかし芳乃の一言からその様子がまた変わっていく――
謎が提示され一部が明かされる『神隠し』と、最後に残された謎とこれからの未来が僅かに顔を覗かせる『後日談』。非常に綺麗な二部構成で、かつ話の設定も非常に面白いもの。作者の信条のひとつである「依田芳乃は神様」を忠実に表現しており、それでいて「少女の姿の神」というよりも「神の力を持った少女」という微妙な揺れ動きをきちんと展開している。
個人的に最も好きなこだわりが改行の数です。このSSには1行開け・3行開け・4行開けの3種類の改行が存在します。これの使い分けの理由がきちんとある、ということを聞かされた際にはかなり驚いた記憶があります。間によってなにかを表現する、というのはままありますが、3行開けと4行開けで意味が使い分けられている、というのは初めて見ました。細かいこだわりも欠かさないというのは非常に見習わせていただきたいと考えています。

「依田芳乃は神様」という前提に立って物語を考える際にたまに読み返してしまうぐらいにはこの文章の依田観に影響をされていると思います。

 

 

 

12/16 『The day has come』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12061865


知り合いの文章期間もまもなく終点。本日は軍鶏先生の『The day has come』です。わりと下めから上を見上げる感じの文章をこの場で紹介させていただくのはわりと珍しいとは思うのですがお付き合いいただければと思っています。
個人的に軍鶏先生の文章は、今まで紹介した文章の中でも最も自分の言語から遠い言語だと思っています。何を言っているかわからないと思いますが、要するに着想から書くときに手を付けるところから一番力を入れるところから何からごっそり違うような気がするという話です。なので自分の視点でこの文章について感想やら何やらを書いてはたして本当に大丈夫なんだろうかという不安がなくもないですが、大目に見ていただければ幸いです。書く前から弱気でどうするんだ。

黒埼ちとせが倒れたという報告を受け取る白雪千夜。既に余命幾許もないことを明かされ精神的に追い詰められていく千夜に声をかけたのはアナスタシアだった。アーニャに励まされ背中を押されて、千夜は「ちとせのために自分が望んでしたいことだ」という註釈をつけて、プロデューサーに「ライブ」の予定を入れさせる。様々なアイドルの力を借りて、千夜は歌を歌う。
作者の担当アイドルであることを鑑みても、千夜を気遣い話を聞くという立場にアーニャを置いた、という発想がとても凄いと思いました。誰かに頼ることも自立することもできる微妙な均衡の上に器用に立っているアナスタシアという存在を選び、しっかりと千夜を先導してもらうという役割を与えるというのはキャラクターに対する造詣の深さが窺える選び方だと思います。最後にタイトルだけがコールされるライブのトリ曲も、千夜に歌わせる他のアイドルの曲という選曲において相当な威力を誇っているのだと思います。私が担当じゃないのが惜しまれるところですが。
この文章は全体的に表現を凝っている、というよりも「自分の考えたシチュエーションを見てほしい」というような文章のように個人的には感じたので不適なのかもしれませんが、それでも敢えて好きな表現を挙げるとするならば「それだけで十分だから。そのはずなのに。お嬢さまがいないなら、私にはもう何もないはずだったのに。いつ、消えても、よかったはずなのに。」の辺りの丁寧な崩れていく足場の確認の描写が生々しくて好きです。

担当であるからこそ見える境地がある、ということを改めて確認させていただいた一文です。

 

 

 

12/17 『無題』

【本文】
https://www.pixiv.net/artworks/86290595


知り合いの文章週間、最後はペルチェ粒子先生の『無題』です。ご本人曰く「書いてほしいから上げた、タイトルはつけないほうが綺麗だと思ったけど投稿用に無題にした」とのことです。このアドカレにそこまで価値があるのかはわかりませんがネタを振られたからにはやらなきゃ嘘でしょう。
そもそもこの文章は一応主催を行っていた限界カルタ*16で発生した文章であり、またペルチェ粒子さん自身も大々的に(?)文章を書き始めたのが限界カルタ会キッカケの方なのできっちり責任をもって紹介しなければ。

非常に短い文章のためあらすじはカットします。ぜひ上記のURLからご覧ください。

概論としてペルチェ粒子さんの文章はモノローグと比喩に富み、視点主に対しての感情移入を誘引させる文章です。それでいて雰囲気を作るのが上手く、短い助走からでも文章のピークである一瞬まで綺麗に跳ぶことができると私は思っています。特にこの文章は非常に短く、最短の助走で2ページめのたった1行でぐっとある種誰もが想像する絵画のような場面を想像させるというところでこの特徴が際立っていると思います。もちろんこういう文章の作り方しかできない、というわけではないのが強みでもあります。
文章の内容としては双葉杏というアイドルに否が応でもついてくる「小ささ」という概念をしっかりと生かしていたり、ペルチェ粒子さんの杏(と彼の敬愛するmaron先生の杏)に特徴である幸福に対してのどこか後ろ向きな部分を短い中に表現していたりと、自分の中の双葉杏観をしっかりと確立していることが感じられるまとまりかただと思います。
本人も少し調整したと言っていた改ページ芸に近い部分も、杏の胸中にある孤独感を表したようにぽんと放り出されるような感じがしてとても良さを引き立てていると感じました。わりあい好きな分類の文章に該当するのでどうしても語彙が減っていますがご了承ください。

感情を匂わせる文章運びが上手く、参考にしたいとまで思えるものだと私は思っています。

 

 

 

12/18 『遠心力』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13577640


今日からはまた特段直接的な関わりのない方の文章になります。今回は昨日紹介させていただいたペルチェ粒子先生も少し影響を受けたと仰っていたつながりで、ラミン先生のあんきらであるところの『遠心力』です。実際に紹介される前に目を通していたのですが、基本的に主食がモノローグてんこ盛りの雰囲気重視文章なので非常に前のめりに読んでしまった記憶があります。

物語は最初から最後まで双葉杏の一人称。こぼしたように呟いた「きらりは酸素みたいな子だね」という言葉から徐々に紡がれる双葉杏にとっての諸星きらりという存在の大切さと、それをどうにか言葉にして伝えようとする杏の不器用さ。どうしても双葉杏という存在にとって諸星きらりがいなければならないという強い想念が地の文で、きらりを不安がらせないように簡潔にしかし伝わってほしいという願いも込めた精一杯のアウトプットが会話で描かれます。
「酸素のような」という耳慣れない比喩から入るこの文章ですが、そもそも諸星きらりというアイドルはどうしても「明るく元気」というイメージから逃れづらいという部分があります。しかしそこで敢えて「太陽」という比喩を否定し、より直接的に必要不可欠な「酸素」を選び取るというのは非常にセンスがあると舌を巻きます。
そこから「悪い夢」の話になり、「世界」の話。諸星きらりという錨が無ければ双葉杏は自分のいる場所が現実であると定義できない。きらりがいなければ、呼吸さえできない。だから「諸星きらり」は「酸素」である、という結論をどうにか伝えようとする杏。
そして、きらりもいつかその感覚を知るのだろうと思いながらも、その相手が自分だとは欠片も思っていないというのも克明に描かれていて、どこか胸の苦しくなるような想いを惹起させます。「今は、わからなくても大丈夫。」の「今は」の部分があまりにも達観と諦観を表しているように感じました。
全ての表現がどこか孤独で物悲しく、それでいてどうしようもないほどきらりに焦がれている杏の心情を描写していて、「きらりがここにいる限り、ほら、世界はすごく元気だ。」という最後の一文まで双葉杏は「双葉杏」でしかない、というエゴが浮き彫りになっていて感嘆させていただきました。

何とも言えない感情を抱いたまま進んでいく杏の背中を幻視させる、とてもいい作品です。

 

 

 

12/19 『Scapegoat Daydream』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6671384


12月19日、本日のアドカレは『Scapegoat Daydream』です。実は書き始める直前まで同じ作者である橙葵先生の『ぼくらふたり初めて手を繋いで』の予定だったのですが、思い出や自分の中での比重が大きく文章そのものについての語彙力が足りずに変更しました。申し訳ありません。
この作品は大石泉と佐久間まゆというゲーム内で(確か)ほとんど接触の無いふたりを描いたものです。発端は某イラストレーター・漫画家さんらしいです。いずまゆは全体的にまゆが普通の女の子していることで有名。ということで含まれる要素は100%幻覚なのですが、それもまた二次創作の一興。

本編は『Vanilla Scapegoat』『Lonly Scapegoat』、そして『Scapegoat Daydream』の3部からなる。
泉はまゆからアイドルの何たるかを学ぶために、まゆは泉に様々なことに付き合ってもらってプロデューサーと過ごす練習をする。そんな「利害の一致」から一緒にいるふたりの関係がだんだん変化していく様子を描いていく。
『Vanilla』は何度目かのお出かけを、『Lonly』はお泊り会の約束を、『Daydream』はお泊り会の夜と朝。それぞれの場面で泉が自分の内面にある感情をどのように自覚し動いていくのかを丁寧に書き出しつつ、ある意味純粋で鈍感な大石泉という人間の少女性を口語的な一人称で表現しています。知識と素朴さを兼ね備えた、淡い青色とでも言うべき大石泉がそこにきちんと立っていて、友人に教わった大石泉像に似たものを感じてどこか嬉しかったことを思い出せます。
一番好きな部分は『Daydream』の夜パートの最後、「こんなの、こんなのって、あんまりじゃないか。」からの感情の板挟みになる泉のパートです。理論で自分を追い詰めてしまう泉と、どうしようもない感情との二律背反。この痛みがあるからこそ、この後に続く朝のパートがまた引き立つのだろうかとも思います。

締めまで含めてどこか淡く、それでいてしっかりとした色の乗った非常に美しい作品だと思います。
なお、いずまゆの数少ない物理書籍である「それが恋だと気づくまで」も同作者さんが販売されています。現在はPDF版がboothで500円らしいのでぜひ。私は物理本を持っています。

 

 

 

12/20 『やさしい両手』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6901498 (サンプル)
https://haineko.booth.pm/items/274452 (全文販売ページ)


ということで本日は当アドベントカレンダー今のところ唯一の無料で全文読むことのできない小説、はいねこんぶ先生の『やさしい両手』の話です。非常に申し訳ないのですが、1日くらいはと好みで選んでしまいました。いや全日程趣味で選んでるんですが。
はいねこんぶ先生ですが、個人的にSSを「パステル/ビビッド」という謎の尺度で見るときにパステル側の最たる例として挙げるほどパステル系の作風の方だと勝手に思っています。この場合の「パステル」と「ビビッド」の意味はだいたい「優しく心情描写をしながらふんわりとした雰囲気」とか「激しく叩きつけるような文章」とかという意味と捉えてもらって大丈夫です。要するに自分の知識の中で非常に優しい雰囲気の文章を書かれる方のひとりとかそんな感じです。ちなみにはいねこんぶ先生のありふみ物理書籍はほとんど持ってるぐらいにはファンです。様々なパロディ系の小説本も出されているのでご興味があれば。

中学生になったありすは、両親に頼み込んで一人暮らしを始める。新生活で自由な時間と自分だけの空間、諸々の雑務と一抹の寂しさを手に入れたありすは棚から牡丹餅的に*17文香と付き合いはじめることになる。自身の環境及びありすと文香の関係性の変化によって同僚との交流もまた少し変わっていき―― 梅雨の明け、夏の魔物がふたりを襲うまで。
身も蓋もなく書くと「橘ありすはいかにして鷺沢文香と付き合いはじめ、また3本ぐらいラインを踏み越えるか」みたいな話です。
橘ありすという少女の大人びたところ、大人になろうとしているところ、大人になりきれないところを上手く描き分けながら、ややもすれば不安定だがしっかりとした愛と優しさを持つ鷺沢文香をありすが見つめる構図がとても印象的です。お互いがお互いを支え合って生きていく、という言葉がぴったりと当てはまり、かつ依存という訳でもないというのは匙加減が非常に難しいと個人的に考えているのでただただ感服。
詳しく書くことができないのが残念なほど最終章のクライマックス、「夏の魔物」の出番の辺りの言葉選びが優しくてとても好きなのでサンプルをお読みになって気になった方はぜひどうぞ。

読み終わって溜息が出るような、優しく心温まるお話です。疲れて糖分を摂取したくなったときはこの本を開きたい。

 

 

 

12/21 『ロングノート』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8078663


昨日の前説のフリ通り、今日は「ビビッド」側の作者だと私が勝手に思っているnegipo先生の作品から『ロングノート』をご紹介させていただきます。ただし私自身がわりとビビッド側の文章を言語化するのに手間取るきらいがあるのでかなり中庸よりのビビッド的作品を選ばせていただきました。ちなみに昨日のぶんを読まれていない方向けに簡単に言うとここで言う「ビビッド」というのは「感情を荒々しく叩きつけるような」みたいな意味だと思ってください。キャンパスにペンキ缶を投げつけるような、あるいは岡本太郎さん的な荒々しさ。

全年齢向けですが軽度な性的表現がある作品ですので苦手な方はご注意ください。

奈緒がプロデューサーとの恋愛を諦めざるを得なくなった日に、加蓮は分かっていて地獄へ道を踏み外した。奈緒と(おそらく倒錯的な)関係を結びながら、加蓮はいつか来る終わりに怯え続けていた。そしてある日、不安定な感情と思いつきから加蓮は横になっている奈緒にケーキを無理に食べさせたり肌の上で潰したりと、奈緒を汚す。そのまま続いた行為の最中に中断を求める奈緒符牒を受けて手を止めた加蓮の目に映ったのは、何も言わない奈緒と地獄の始まった日と同じ天気雨だった。加蓮は、夢が終わりつつあることを理解する。
初めて読んだ時、これは1時間の特番ドラマか何かだろうかと思ったことを覚えています。映像作品めいたシーンを何か脳内に想像しながら書いて、こちらはその情景を魔法か何かで見せられているかのような困惑めいた衝撃。カフェの窓越しに奈緒と目が合って、それからピアノだけがある真っ白な部屋で鍵盤に手をかける加蓮。どことなく彩度の低い世界の中で、奈緒の滲んだ血とケーキの赤だけがはっきりと見える。最後にはピアノの鍵盤を押さえたまま隣にいる奈緒に目配せをして、ふたりで頷いてついにシの鍵盤から指を離し、指が別の鍵盤に触れる瞬間に暗転してエンドロール。そういった流れの映像作品を見せられたような、強烈な体験でした。
ケーキが血であるように思える表現もとても強烈で好きなのですが、ピアノの「十六分の一音ぐらい調律の狂った少しだけ高めのシ」という表現もどこか空想的かつ生々しくて好きで、要するにこの文章で好きな表現を絞り切れません。今読んでも文章全体に圧倒されっぱなしです。
ついでにどうでもいい話をすると、この作品を映像にするならエンドロールは連弾版の『ラプソディ・イン・ブルー』だと勝手に思っています。ドラマのだめを見ていたのと、最後のサビ(?)の転調後最初が押さえていた隣の鍵盤であるシ♭頭の和音なのも含めて。

思考と現実が侵食し合うようなnegipo先生の作品の中でも、私の心に深く刺さった一作です。

 

 

 

12/22 『【私、犬です。】シリーズ』

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/series/662260 (小説作品が登録されているシリーズツリー、R18作品あり)


2020年ひとりアドベントカレンダー、通常回の最後は王道系パロディものからもうひとつということで流れ星先生の『【私、犬です。】シリーズ』をば。今見たら現在72作って書いてあってめちゃくちゃビックリしました。
このシリーズはいわゆるバディ系異能パロで、一番最初の投稿は2016年2月。最新が今年の10月なのでまだまだ現役連載中です。非常に多くのカップリングもといバディが登場すること、全体としての世界観設定はあってもバディごとのストーリーはだいたい独立しているのでバディごとにメインシナリオやサブシナリオを独立して読むことができます。イメージとしてはルートがほぼ独立してるノベルゲームの各ルートみたいな感じです。

舞台は現代、『魔物』と『魔法』と呼ばれるが存在する超常の世界。『協会』と呼ばれる魔物を狩り人々を守る組織が闇で暗躍する。『協会』では魔物に端を発する強力な力を持った『犬』と呼ばれる人間と魔法を使うことで犬のサポートをしつつ暴走を抑える『術士』が契約関係を結んで戦っていた。様々な過去と現在を持つ人々が交わり絆を紡いでいく――
こういうバディ系パロがそもそも好き、かつ能力系パロも好き、さらにカップリング系はもっと好きとなればそれはそれは心の踊る対面でした。そしてその期待の遥か上を飛んでいったのがこの作品です。先述した通り非常に多くのバディの模様が描かれるうえにひとつひとつの物語に個性がきちんと見られ、読んでいてなるほどこのカップリングに対してはこういった見方があるんだ、と思わされます。設定も広大で読者も同じ世界観で物語を考えることもでき、土台がしっかりした物語の強みをひしひしと感じます。
作品数が作品数なので具体的にどの文章が好き、どころかどの作品が好きすら難しいところはあるのですが、安部菜々さんの「7歳の時に魔物に襲われ10年先の未来にタイムスリップしてしまったが、身体だけは更に10年先になってしまった(=27歳の身体を持つ戸籍上17歳だが最新のものに疎い)」という設定の作り方は逆説的アプローチっぽくてとても好きです。あとは十時愛梨さんの脱ぎ癖を矛盾脱衣と結びつけたところとかも解釈アプローチが感じられてとても良い。

自分で能力系のパロディを考えるときにかなり引き寄せられるぐらいには影響を受けている、偉大なシリーズのひとつです。

 

 

 

12/23 発想の飛躍SSたち

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10232230 (ぺけぽん、まる)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10363257 (だだおたべ)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5488976 (諭吉2枚分の2人の時間)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13681738 (鳥の霧子に攫われる三峰の話)
https://twitter.com/goma2567/status/1293877136890032128 (放送事故)


ラスト3日は複数紹介にしようとなぜ当時の自分は考えたのか小一時間問い詰めたい。予定組んでる間は楽しくてあれもこれもしてるんですけど実際書くのがめちゃくちゃ大変、かつ年末にアドカレ以外にあと2本ほど原稿があって年始から2週間ぐらいで4本ぐらい書かなきゃいけないらしいので世の中ままならない。とはいえ楽しいのでやるんですけど。
ということで今回は少し特殊なSSを4、5本ほど紹介させていただきます。昨日ぶんで紹介させていただいた『【私、犬です。】シリーズ』も特殊な設定と言えば特殊な設定なのですが、王道系パロディというよりも変わり種っぽさを重視して選びました。
あとさすがにこの後のあらすじは短めにします。


『ぺけぽん、まる』『だだおたべ』
うだるような夏の日。遠方の撮影からの帰寮に手間取った周子は紗枝との待ち合わせに遅刻しそうになりながらもシャワーだけは浴びようと自室に戻ると、志希とフレデリカに絡まれる。LiPPSの全員が定期的にお世話になっている志希のオリジナルシャンプー(副次効果有)を時間の無さから清水の舞台から飛び降りる心づもりで使用し、結果「肉桂の匂いがする」とフレデリカに言われる。仕方なくそのまま怒り心頭らしい紗枝の下へ行くのだが、そこで思わぬ事態が発生し――
小早川紗枝塩見周子の熱烈なファンである」「小早川紗枝塩見周子の匂いでトリップする」という要素だけ抜き出すとかなり凄い設定ではあるのですが、紗枝と周子のどこか微妙にもどかしさを伴って進む関係性はそのままに描かれています。青春らしさとある種愉快さを伴った描写の合わせ技が見事。
個人的にはトリップ状態の紗枝の描写として「髪の毛食べちゃってる」を入れるのはなかなかにニッチだなと思いました。

 

『諭吉2枚分の2人の時間』
これのあらすじについては、まずは当作品のキャプションの一部をそのまま引用させていただきます。「レズデリヘル嬢のみく×小説家の李衣菜パロです。」です。部屋に呼ばれたみくがそういう行為をするわけでもなくただ李衣菜が執筆するのを眺めさせられるという不思議な話になります。
まずアニメが放映されてみくりーなというカップリングが一躍スターダムにのし上がったのが2015年3月の末。そこから3ヶ月でともすれば狂気に近いと呼ばれても仕方のないパロディ題材の決定。生まれて3ヶ月のカップリングに対して投げていい球なのかと今でも思います。非難ではなく驚愕と感嘆の意味で。
しかもこの題材自体はかなり元来の前川みく多田李衣菜からかけ離れており、ついでに半ばやさぐれたロックを聴くこと以外のロックさが本文中からは感じ取りづらい多田李衣菜像は現在の多田李衣菜のキャラクターに近いとは言い難いものです。しかし少し視点を変えて「指向性が違い過ぎて本来交わるはずのない人間同士が出会い、同じ空気の中で会話をしていくうちにだんだんと惹かれてしまう」という要素を見れば、この物語は間違いなくみくりーなである、ということもできるでしょう。ここまで3ヶ月で見切って執筆と公開をしたのであれば作者はあまりにも機を見るのが得意。
また、作中で李衣菜がみくを自宅に呼ぶ理由は一切の不明です。作中でも述べられている通り、現実逃避に行為をするわけでなければ話し相手として呼んだわけでもなく、しかし何の意味もないとは到底思えない。おそらくそこに存在する言語化できない何がしかの感情こそが多田李衣菜らしさなのかもしれない、という気がなんとなくします。久しぶりの唇の感触の後に「次」のことを考えてしまう前川みくも、少女性を捨てきれていないというところがとてもいいなと思いました。

 

『鳥の霧子に攫われる三峰の話』
いつかの時代、貧しい農村に生まれ自主的に家族と縁を切った三峰結華は、職場で「どんな傷病をも治す神秘の水」を見つけるまで帰ってくるなと同僚何人かと共に森に放り出される。体のいい口減らしだということを理解していた三峰だったが、森を彷徨っていると大鳥に攫われ、雛たちのいる高層の巣へ実質的に幽閉されることになる。人の姿と鳥の姿を持つその少女を、三峰は人と添い遂げた伝説を持つ大鳥から「霧子」と呼ぶことにする――
キャプション曰く「霧子ならどんな人外にしても許されると思っている。」。公式でハロウィンにアイドルの姿をした人外を登場させたりすることで有名なシャニマス*18ですが、幽谷霧子さんが鳥だったことはないと記憶しています。しかしこのチョイスがまた絶妙で、ツバサを持つというのは勿論のこと、優しさや強さを持ち白の似合うという霧子らしさをしっかりと生かしたデザインをしています。また三峰も疎外感やどこか人間くさいところも含めて、前述の『諭吉2枚分の2人の時間』が「関係性から考えたパロディ」であるならばこちらは「キャラクターから考えたパロディ」とも言うべき別方向からのアプローチです。
作品は諸々の経緯の末に初めて霧子と結華が自己紹介をしあって、そこから最後の2行までに時間が大きく経過します。ここを書きたかったという訳ではないことは重々承知ですが、それでもここを大きく削り取って想像の余地を生みつつ言外に幸せな日々があったことを表現するという判断をされたのはとても凄いと思います。自分なら自己紹介の後にもう2、3行地の文を足してしまうような気がしますが、ここで切ることによってなにか三峰の気持ちが言わずとも伝わっているような、そんな感じがします。

 

『放送事故』
現代、アイドルのライブは中止になり、代替としてオンラインミーティングやライブ配信が行われるようになるご時世。ファンの多い島村卯月もまた、もともと持っていた自分のチャンネルを頻繁に利用するようになったアイドルのひとりだった。毎週の定期放送を生きる励みにしているファンの「私」は、ある日伝説を目撃する――
まずこの作品をここに入れた理由なのですが、個人的に「モブ視点だがカップリングの片方に対して片思いとかはしていない、というかむしろカップリングが好き側の人間」という作品を私がほとんど見てこなかったという点によるものです。偏見としてモブ視点の百合は「私はあの子が好きだけどあの子は別の同僚アイドルが好きで」みたいな話になりがちなのではないかという考えを持っているので、初めて見たときはかなり衝撃的だったことを覚えています。
また時事ネタも取り入れた舞台設定ということで、私(あるいは我々)が実際にアイドルマスターというコンテンツで生配信やオンラインイベントを楽しんでいるこのタイミングだからこその説得力というものもどこかあるのだろうな、と思っています。ごく個人的な感想なのですが、配信が30分単位なので多分なんたらニコ生放送だと思います。
話の内容としては主人公の「私」にどこまでも共感できるし私もいつかこうなりそう(だしこうなってみたい)というのもあってかなり他人事じゃなく読めました。芸能活動をしている方同士の諸々を考えている知り合いも相手方の名前を配信中に何回出したかとかを数えるレベルなので人間好きが行きすぎるとこうなるんだなあというのは共通認識で間違いないと思います。
表現についてはおしもおされもせぬ最後の一文、「開くと渋谷凛島村卯月の公式アカウントからの通知で、内容は『お詫び』と『ご報告』だった。」です。起きてることはわりとシャレにならないレベルのはずですしどちらも処分が下されてしまう未来もあったのかもしれませんが、どこかユーモラスでコミカルに置かれたこの一文によってこの世界が「優しい世界」であることを示してくれています。配信の切り忘れを『お詫び』とするのは非常に厳格な会社ぐらいだろうと思うのですが、そんな職場でも凛と卯月の関係は許容するというのがなんともほっこりとした気分になれます。


総じて目の付け所が鋭く、手を打ってしまうようなポイントの多い素敵な物語だと思っています。

 

 

 

12/24 なつななSSたち

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6273361 (Falling Love!!)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6642173ポンコツの恋心)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7188751 (そこまで大人じゃない)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11454023 (わがまま、レイニーデイ)


総決算という名の増える締切に追われている今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。私はそろそろダウンしそうです。それでも量を減らせないのは悪い癖なので、皆さんは計画的に原稿をしましょう。始めたからには完走をする、途中でハードルを下げない。両方やらなくちゃならないのが辛いところ。
ということで最後の最後までわりと検討に検討を重ねていたのですが、まあ明日の内容と切っても切れないので本日は木村夏樹安部菜々カップリング、なつななから4つ持ってきました。何故昨日の私は4つにしたのか小一時間問い詰めたい
例によってあらすじは短めです。


『Falling Love!!』
菜々は、夏樹に恋をしている。夏樹の一挙手一投足を気にしてしまうほどに、夏樹の言葉ひとつひとつに期待と諦観を抱いてしまうほどに。今日も菜々のバイトしているカフェテリアの定位置に座る夏樹の呼びかけに真っ先に駆けつけて、夏樹の心配に心を乱される。
夏樹は、菜々に恋をしている。菜々のことを考えて自分から踏み込むことを躊躇してしまうほどに、菜々のことを任されたという事実だけで笑みが零れてしまうほどに。菜々(の携帯から来た早苗)からの呼び出しに駆けつけて、酩酊した菜々の一挙一動に心を乱される。
短編2作が掲載されているのですが、非常に上手く対称的かつ対照的に構成されています。「視点側が自分の片思いだと思っているところ」「視点側が相手のところへと駆けつけるところ」「視点側が相手の挙動に心を揺らされること」などは共通点として、「舞台が昼/舞台が夜」「最後まで踏み出せない/最後に踏み出す」などは相違点として設定されており、2つセットで読むということにとても意味のある綺麗な物語になっていると思います。
また2作の間のふたりのキャラクターも「恋する乙女/飲酒をする大人」「気遣いも含めて完璧なかっこいい人/気遣いはあるが『待て』の続かない若さもある人」のように変化をつけて投げられており、なつななという組み合わせにおけるキャラクター性のピック幅を非常に上手く活かして作劇をされていることが感じられます。
個人的にはベッドに広がった菜々の長い髪を見て「電気、消してやればよかったかな。」と考える夏樹の独白が、理性を置き去りに身体が動いてしまったが理性を無くしたわけではないという微妙な塩梅のラインを表現していて凄いと思います。


ポンコツの恋心』
ある日菜々は早苗に、瑞樹と一緒に菜々の部屋でギターピックを見つけたこととバンドマンの彼氏はやめた方がいいということを伝えられる。菜々は半分だけ正直に「夏樹のものだ」と伝えるが、早苗は頑として信用せず夏樹も呼んで4人で次の鍋パーティーを開催することを宣言する。菜々はその旨を夏樹に伝え、夏樹はそれを了承する――
安部菜々というアイドルを語るうえで避けて通りづらい「秘密」という内容にフィーチャーした作品です。夏樹の少女性(恋人に甘えたりするような部分)と少年性(いわゆるカッコいい部分)を上手く混ぜ込みながら、それと共に在る安部菜々の純情と少しの狡さをもしっかりと描いています。例えばその狡さは「菜々に『バンドマンの彼氏』はいない。しかし、ロックアイドルの恋人はいる。」というような、嘘をつくわけではない誤魔化しに現れているように思えます。しかし夏樹はその狡さを許容し抱擁するので、恋する乙女は無敵です。「今でも、十年先でも、二十年先でも。いつでも良いし、言わなくても良い。まるでこれからもずっとそばにいて、離れないで、秘密の恋を続けることを約束するような、そんな言葉を平気な顔で言える夏樹に、菜々はどこまでも許されている。」という魔法のようなフレーズに、作者のなつなな観が綺麗に表されていると個人的には思います。


『そこまで大人じゃない』
夏樹の20歳の誕生日。焼肉とアルコールを入れて徒歩で帰宅した夏樹が見たものは、玄関の前で自分を待っていた菜々の姿だった。よろめいた拍子に壁ドンのような形になってしまった状態のまま、大人になりきれた自信のない20歳と大人であるはずのない永遠の17歳の会話が始まる――
これまた安部菜々を語るうえで避けることの難しい話題である「年齢」や「大人」を絡めた一作です。なつななは18歳と(永遠の)17歳の組み合わせなので、菜々がどう伝えているかでどっちが年上かが逆転するカップリングです。この作品では既に夏樹は菜々の諸々を知っていて、菜々も夏樹に対して「子供だから」という風に線を引いた、と夏樹は考えていました。この辺りの線引きもわりと大きく年の離れた良識派である菜々だからあり得るという感じで非常に解像度が高いなあと思ってしまいます。
年齢というどうしようもない線をどう飛び越えるか、という話の後に来る「色んな人からたくさんもらったことのあるフレーズ。それなのに、この世界でたった1つしかない言葉みたいに、特別な響きを持ってアタシの耳に届いた。」という、大人になったことを最も祝ってほしかった相手からの祝福を受け取る夏樹の感情が詰まったこの文はなんだか読んで温かい気持ちにさせてくれました。


『わがまま、レイニーデイ』
突然の実家からの電話に対応しながら料理をしていた菜々のもとに、シャワーから戻ってきた夏樹が現れる。口パクでイタズラを仕掛けながら菜々の電話の妨害をする夏樹。わざと聞こえないふりをしたり、牛乳の残りを飲んでしまったり。電話の終わった菜々に夏樹は冗談っぽく怒ったかを訊ねるが、菜々は夏樹の真意をなんとなく察していて――
この作品は特に「年上としての安部菜々」と「年下としての木村夏樹」を意識した作品だと勝手に思っています。それは信頼に基づいた夏樹のイタズラの仕方であったり、夏樹のことをよく見ていてメンタルケアのように諭す菜々であったりを見てわかるところだとは思います。ひたすらに優しく相手を思いやる菜々の姿は献身的という言葉がふさわしいでしょう。それでいて少しコミカルに夏樹のイタズラに対応したり、少女らしく顔を染めたりもするという安部菜々のマルチな才能が活きていると思います。
最後に夏樹がよく作る料理がオムライス、というのが質感があってとても良いものだと感じました。実際に料理の行程自体は複雑ではないし、かといって器用であれば上手く作りやすい料理。さらに夏樹の幼さに似たものをどこか感じさせるという意味で、非常に合っていると思いました。


幅と懐の広いなつななという世界を改めて実感させていただきました。

 

 

 

12/25 2015・2016年のみくりーなSSたち

【本文】
https://www.pixiv.net/novel/series/532177多田李衣菜さんと前川みくさんの話。、シリーズツリー)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7449046 (「だって、みく言ってくれないから」)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7261245 (キスをしてもいいですか)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7403689 (どんな注射も効かないわ)


2020年ひとりSS紹介/感想アドベントカレンダー、最終日です。正直ノープランで始めたのを3割ぐらい後悔しましたがどうにかここまで来れました。これが終わったら明日〆の原稿があります。まだノープランです。どうしましょうね。
とにかく今日のアドカレは、自分の根源とも言うべき「2015・2016年代みくりーな」です。だいたいpixivの10ページ目以降にあるので今このタイミングで見る人も多くはないかなということで昔のものを掘り返すことにしましたが、2015年代はR18的行為が直接描写されている作品も多く、紹介するにはハードルが高いのもありもう1年追加になりました。ちなみに「毎月26日はみくりーなの日」というハッシュタグが制定されたのも2016年の10月です。


多田李衣菜さんと前川みくさんの話。』
李衣菜はAsteriskというユニットを組んだみくのことを知るため、猫カフェに通うようになる。少しずつ猫の良さを知っていく李衣菜。時を同じくして、みくも少し夜更かしをしながらロックを聴いてみていたことが発覚。お互いに分かりあおうとしていたということがわかってはしゃぐ李衣菜だったが、みくの胸中では別の何かが渦巻いていた――
2015年4月、アニメの1期が終了した頃に始まった連作です。アニメのAsteriskの主題であった「相互理解」と「好き」について独自のアプローチから展開していきます。その着地点が「本当の恋というものはわかりきってはいないけど、否定することはないしきっとふたりで歩んでいければ大丈夫」という部分に集約されているのはアニメの流れを踏襲したうえでみくりーな作品として綺麗に着地をしているという印象を受けます。
1作目である『さわって・変わって』と2作目の『その未来は今』でいったんの解決を見たかのようにしてから、3作目『Futuristic Imagination』で急展開を見せて『エンドロールには早すぎる』で落とす。お手本のような起承転結四部構成であるものの、『Futuristic Imagination』での空気の変わり方は未だに驚いてしまいます。
好きな表現部としては『エンドロール』の「それが、正しいことなのか、私にはわからない。だけど、私たちには喜ぶ権利があると思った。」という多田李衣菜らしさのあるポジティブな受け止め方がひとつ李衣菜を考えるうえで重要だなと心に留めている言葉です。もうひとつは『Futuristic』の「考えうる限りかなり最悪に近いような条件の相手に、彼女は恋をしていた。」なのですが。それでも好きになってしまったなら、ということを考えるのが我々の業なのです。


『「だって、みく言ってくれないから」』
最近寝つきが非常に悪く睡眠不足気味のみく。どうにか寝つけそうだと思った瞬間に李衣菜からの電話がかかってきて、仕事の長引いた李衣菜を部屋に泊めることになる。みくはホットミルクを飲んでもう一度入眠に挑戦するのだが、李衣菜は用意された来客用の布団ではなくみくのベッドに入り込み――
ひたすら優しさを積み上げたようなパステル系の作風が特徴の本作。最後まで李衣菜が本当はどう思っているのかが李衣菜の口から語られることはなく、みくの想像だけが李衣菜の内情を描写している。それでも「多田李衣菜ならやりそう」という内容なのは作者もみくも李衣菜のことがよくわかっているからこそとも思います。
書き出しの「やっときた眠気を逃したくなくて、毛布に包まったのに画面に映し出された名前を見て一気に目が覚めてしまった。」から非常にやわらかい印象を持たせてくるきれいな文章が、よりパステルっぽさを引き立たせています。「膝がぶつかって、もっと足を引かないと蹴られなくなっちゃったから蹴るのはやめておくことにした。」「そっと、祈った。ありがとうって明日素直に言えますように。」等々、額縁に入れて飾りたいレベルのきれいな文章が並んでいます。こういう文章を書くのであれば参考にしたいです。


『キスをしてもいいですか』
前川みくとの相棒には多田李衣菜よりも安部菜々が似合っているのではないか」というファンの会話を偶然街角で耳にした李衣菜。言葉にできないフラストレーションから構ってもらおうと事務所で寝たふりをしてみくを驚かそうとするのだが、みくは寝たふりをする李衣菜にキスをしてどこかに行ってしまう。突然のことに混乱する李衣菜のもとに志希が現れ、さらに李衣菜に追い討ちをかける――
素直になれない系カップリングの王道とも言える「寝てる相手に」シリーズ。今回は事前に李衣菜が構ってほしいという理由で狸寝入りを決めているので、「叶いはしたけどそれはそれとして全然わからない」という面白い状況になっています。そこから一ノ瀬志希をメンター役としてキスの意味を再確認するというのも、李衣菜繋がりで持ってくるのではなくお互いに面識はありそう且つみくを少し気まずくさせるという意味で非常にいいチョイスだと思います。「好きだから」以外に「好きになってもらうため」という理由を説明する役割というのも志希が適任でしょう。
好きなシーンはやはり最後の部分でしょう。みくではなく李衣菜だからこそみくの狸寝入りは李衣菜の時と違って失敗し、しかしキスは履行される。そして、それでいい。相手に気付かれてこその狸寝入りであり、相手に気付かれてこそのキスという関係に変わったことを「躊躇いも罪悪感もない。―――だって、私達は恋人同士なんだから。」という最後の一文で綺麗に締めるのは鮮やかと言わざるを得ません。


『どんな注射も効かないわ』
みくと李衣菜が付き合い始めてから、より重篤に「恋の病」に罹ったのはみくの方だった。李衣菜から告白したにも関わらず、思考がどんどん李衣菜に占有されていき「好き」という言葉の重さもどんどんと重くなってしまう。李衣菜の「好き」に対しても、清水の舞台から飛び降りるつもりの覚悟が無いと「好き」と言い返せない。そんなある日の朝、午後からのデートの予定だったはずなのに急にみくの部屋に李衣菜が訪れる。寝不足のふたりは一緒のベッドで眠るのだが、やはり幸せで死んでしまいそうで――
いわゆる「めんどくさい前川」をよく書かれていらっしゃるぬた先生ですが、この作品のみくはややマイルド方面かつかなり恋する乙女系にめんどくさい前川で非常にいじらしく仕上がっています。ある程度感情が重い自覚はあれどそのコントロールができず、李衣菜への溢れんばかりの愛に振り回されてしまうみくの様子は喜劇にするにも甘すぎる。「死ぬの」というひとことが零れてからさらにその空気は加速して、みくの「死んでしまうかもしれない」度がどんどん高まっていきます。
そして最後の一文として置かれている「言われたみくだって。いっそ、もう死んじゃったかなって思ったのに。」というところで「死んでしまう」、というオチは綺麗な着地と言わざるをえず、全体的に感情は重いものの甘く軽く読むことのできる秀作と言って過言ではないとしてもいいでしょう。


現在の作品も、過去の作品も平等にいい作品であるみくりーな。ぜひぜひ今後も宜しくお願いいたします。

この文章がきちんと12/25に上がっているのであれば、明日はみくりーなの日です。さて、何を書こうか。

*1:なぜか所属している謎のアイマスプロデューサー身内集団サーバー。なぜか創作者が多い。合同誌を作ったものの頒布するためのイベントが常に諸事情の瀬戸際に立たされ続けているので原稿締切から1年強経った今でも物理本が存在できていない。

*2:あくまで12/25が終わるまでに25本の原稿が揃ったことを指し、必ずしも全員が自分の担当日時に原稿を提出したことを保証しない。

*3:どこからどう見ても荒木比奈Pのアドカレにしか見えなかったのはご愛敬。

*4:ブログに載せることにしたのもPrivatterの投稿一覧を圧迫して仕方がないという理由。

*5:ノーマルも百合も読んでいた、BLは自分から積極的に探しには行かないけどあったら読む程度

*6:1回目は『まおゆう 魔王勇者』の原作、2回目は確かジャギ様がFFTの世界に転生するSS。

*7:感情の埋伏/バレンタイン/関係+1人

*8:どこまでを社会と定義するかは各々にお任せします

*9:その結果文責にプロットを投げたのが能力バトルものチックになった『幸運の弾丸』という作品になりました

*10:現在休載中

*11:性癖用法警察に誤用とされている意味で

*12:ふたりが初登場したイベント「Fascinate」が2019年2月末~3月頭にかけてのイベント

*13:pixivでは別名義

*14:pixivには1作のみ

*15:「目に見えない世界のカーテン」や「信頼と想像力と詩と愛とロマンス」も同社説内で用いられた言葉

*16:現在は不定期開催。たまには楽ぐらいさせてほしいからという理由で主催を休止したら誰も他に主催しようとする人がいないし「カルタやるかー」とは定期的に言われるのでどうするべきかよくわからない

*17:註:本編でありすがそう称している表現です

*18:註:偏見です