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寄稿文:大石泉という少女について

(前説その他を飛ばしたい方は以下の目次をご活用ください)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前説

 

お疲れ様です。斬進です。

本日はとある泉Pにいただいた文章を掲載すべく0時を回ってからキーボードを叩いています。どうしてこうなった。

事情を説明しますと、「泉の話をしたいからブログ立ち上げようとは思うけど面倒なんだよな、長くて説明が面倒なのでブログ形式でもないと他人に読ませられないって理由で書きたいと思っているんだけど登録と管理が面倒」みたいなことを言われたので「じゃあうちのブログに寄稿します?」って聞いたら「ボケようと思ってたらマジで言われた」となり寄稿になりました。深夜テンションかよ。

昨晩原稿が自分の下に届きまして、「じゃあ明日公開します」とは言ったけどこのタイミングでまさか総選挙の告知が来るとは思わなかった。というか忘れていた。ご本人曰く「この文章はあくまで自分の感情を吐き出しただけであって、決して大多数の他人に向けたダイマではない(ダイマにできる文章ではない)」とのことなのでそこのところはご了承ください。あと「他人のブログで名前を隠してこういうことをやるな」って思う方もいらっしゃるかもしれないですが、そこは私が「やってくれ、というかやれ」まで言ったので全責任は私にあります。重ねてご了承ください。

そういう訳で、ここより下は私ではなく大石泉Pの「雨垂れに水」(仮名)さんの文章になります。全幅の信頼のもと中身はほぼチェックしてません。

 

 

 

 

 

自己紹介と前置き

 

はじめまして。雨垂れに水です。
およそ四年前に「アイドルマスター シンデレラガールズ」で大石泉という少女と出会い調べるうちに彼女の人間性に引かれ、惚れこみ、気が付くと彼女の幸いを祈るようになっていた変人です。
創作とかする人間ではないのでいつ頃からか優しく善良な隣人を壁にして彼女の魅力を話していただけなのに、気が付くとこんな文章を書いて親切な隣人に寄稿という名の代理投稿させる事になりました。隣人の人の良さに涙が出そう。
ひとまず私は同担拒否勢です。少なくても大石泉に関して言うと拒否勢です。他の全泉Pは例外なく敵だ等とは申しませんが、他の全泉Pは誰一人として私の味方ではないです。
『私の心には私の心なりの大石泉がいて、貴方の心には貴方の心なりの大石泉がいる。その大石泉は違う大石泉だけどお互い大事にしていきましょう。それはそれとして私の心なりの大石泉に関わるな』みたいな棲み分けと敵意が共存しているが故の同担拒否です。
私が好きな大石泉の事は私が一番知っているんだ。私が好きな大石泉ではない大石泉の事は私以外の誰かが一番知っているのでその人に聞いてください。
なので今からする私の話は大石泉の話ですが「万人に大石泉の素晴らしさを伝えるんだ」みたいな公平で公益性を持っているような大層なものではなく、私なりの大石泉観をひたすら垂れ流して自己満足したいが為の話なので、担当大石泉な人に共感される話にならなくて即ち今から大石泉を知りたいという人へ紹介できる話になる訳でもないと思います。
という事で今から話す誰に向けて語っているか本人すら理解していない、ひたすら主観で作られた『大石泉という少女について』がどこに需要があるかというとどこにも存在していなく、強いていうなら私の備忘録になるというのが正しい認識です。私も以前は正しく認識していました。
今は認識を誤っていて具体的には需要が一人にはあると認識していて、そう、これを書き始める前から話を聞く壁に徹していた隣人です。こういう場で言葉を述べようとも、私の大石泉の素晴らしさの全てが伝わるとは思っておらず「こういう認識の人もいるんだ」が上限と思っているのでどちらかというとここまでの話あるいはこの後全部の話を見た上で私の話を聞き更に求めてくれる隣人の悪食(もとい人の良さ)が伝わった方が幸いです。という事で長ったらしい話が終わったので本題に入ります。

 

 

 

大石泉という少女の話

 

本題といいつつ彼女の話をする前に、もし顔がわからないという人がいたら検索してくれませんか。して。しろ。見てくれ。美少女なんだ。贔屓目が多分に混じっているけれど。できれば[ビット・パフォーマー]の特訓前後を見てその可愛さと格好良さと美人さを認識してください。[名月うさぎ]の特訓前後もいいぞ。本当に可愛いんだ。(贔屓目です)
さて宣伝したのでひとまず大石泉という少女の話から。アイドルの話はこの後やります。
大石泉は中学三年生の十五歳で弟が一人いるお姉ちゃんです。少し臆病ですが勉強好きで面倒見の良い真面目な子です。趣味はプログラミングで、その影響か理屈めいた所もありますが趣味を活用して自己流でレッスンメニュー用のソフトを構築したりもしています。
村松さくら」と「土屋亜子」という親友がいて、この三人で「ニューウェーブ」というユニットでアイドルデビューしたのが大石泉です。これは公式ですご安心ください。

三人各々にアイドルを目指した理由はありますが、大石泉は「進学やその先の生活が端を発して親友と離れる事に不安を覚え、今後も友人との関係が続くことを実現させる為に」アイドルを志しました。ひとまず「大石泉は友人に誘われ、友人と一緒にいる為にアイドルになった」という所を覚えていただけると幸いです。
ここのそれぞれが目指した詳細はゲーム内のシンデレラヒストリーにある「エピソード:新たな波が起きる予感」で詳しく説明されています、というよりもなんとなく予想できる程度に話されていた事情が2019年11月のシンデレラヒストリー実装によって初めて明言されたんですが。三人の事情や関係性が垣間見えたりして大変に良い内容なので、もし今後興味を持った方にぜひ見てほしい話です。しかもゲームを始めてその日に見られるんだ。素晴らしい事ですね、貴方もそう思うでしょう。思いましょう。思って。


そんな彼女の魅力なんですが、私は「中学生らしい所が」魅力だと思っています。
これだと中学生に対して中学生らしいって何さという定義の話になって大石泉の話以上に話がややこしくなる気がしていますが、大人になる直前の子供というか、ふとした拍子に見える大人びた姿と未だ幼い姿の二面性というか、上手い表現が思い浮かばないのでそういうものだと思って聞いてください。

まず顔が良い。そして幅が広い。時には中学生に見えない程美麗で大人な笑みを浮かべ、翻って時には満面の笑顔を向けてくれて、これがまた幼く可愛かったりします。その幅広さを衣装とギャップを起こす形で活用する時もあって、可愛らしいウサ耳衣装でありながら真剣な格好いい表情とポーズを決めてきたり、逆にシンセかつクールな衣装でありながら柔らかい笑顔とポーズで格好いいと可愛いを両立させてきたりします。
参考資料としては先から順に、[ネイビーブライト]特訓後、[ネイビーウェーブ]特訓後、[名月うさぎ]特訓後、[ビット・パフォーマー]特訓後をイメージしています。戯言ですが[名月うさぎ]特訓前の首を傾げ気味に笑顔を向けてくる姿が私は好きです。

性格も凄く子供らしくて、我儘とかそういう訳ではなく真面目で素直ないい子なんですが「手のかからない、聞き分けのいい子供」として育った子供なんです。精神が成熟しているけれど『大人』なのではなく、あくまで『大人びた子供』なんです。そういう所が凄く中学生らしいなと感じます。そして特に幼さを感じる点として、全く自立していません。ここが私流での大石泉の最高の魅力です。上述で面倒見のいい子であり、友達と離れない為にアイドルを志したと説明しましたが、ここなんですよ。面倒見がよく世話焼きで気が利く、現実では周囲から頼られている子がメンタル面では友人を頼り依存している弱さを内包しているのが非常に可愛いんです。友人に頼られていると同時に友人を頼っている共依存に似た関係性が構築されていますがこういう所に幼さを感じますし「中学生らしい」と思います。思いませんか。思おう。

 

 

 

大石泉というアイドルの話

 

そんな大石泉はどんな特徴を持つどんなアイドルなのかという話に入ります。
アイドル大石泉の特徴ですが無いです。ありません。承太郎とポルナレフと花京院が否定する画像を貼り付けたい程にありません。ついさっき顔が良いと褒めていたけれどそれだけでアイドルやれるような一芸ではないのでそうなります。彼女はアイドルとしての特徴がないアイドルです。ネタや冗談ではないです。
ここで言う特徴が何かというと当然アイドルの持つアイデンティティの話になるんですが説明に使われるのは大体「目的/目標」か「趣味/個性」のどちらかになります。目的目標だと「カワイイ女の子になりたかった」とか「幼い頃アイドルに憧れた」が主流ですがその内容が昭和だったりネコだったりとその詳細でアイドルの特徴が出てきます。中には「運命の人と一緒にいる為」の人もいますがアイドルの話ではないので別ですね。趣味個性になるともはや説明不要で「ロボット工作」「ホラー」「着ぐるみ」等々キリがない程色んなアイドルが各々のキャラクターを持っています。これは別に多い程凄いとか趣味と個性の両方を持っていて当り前という訳ではなくて、そのアイドルを説明するに足る特徴を何かを一つ持っていれば十分成立する要件です。

そしてこれを大石泉に当てはめる場合どうなるかという解説の話です。アイドルになった目的は二度先述した「友人と一緒にいる為」なのでアイドルはあくまで手段です。目標は当初「二人に置いて行かれないアイドル」でしたが、今は友人と関わらないアイドル活動を通じて「プロデューサーの理想のアイドル」へと変化しています。ですがどちらにしても本人の中でイメージが確立されていない、かつアイドルの説明足りえない目標なので、アイドル大石泉を目的/目標では語れません。そして趣味/個性ではどうなのかというと、大石泉はどちらも所持している女の子です。趣味のプログラミングは一芸として活かせるだけの知識があるとして描写されていますし個性では面倒見のいいお姉ちゃんですし友人想いな面も個性として活きると思います。

ただしこれは女の子としてです。「シンデレラガールズ劇場」245話の話へと移ります。この話で泉は個人の仕事でキャラ立ちが必要として友人に自身のキャラを質問した上で、さくらの「甘えさせてくれるお姉ちゃん」と亜子の「サイバーなキャラ」という回答に参考になったと参考になってない顔で答えます。つまり彼女の想定するアイドル大石泉は姉である事と趣味がプログラミングである事は活用せずに成立するアイドルな訳です。
勿論趣味個性がそのまま全てアイドル像へと繋がる訳ではないです。実家が花屋で本人も花にある程度の知識を持ちながらもアイドル像に利用しないクールなアイドルもいます。しかし花の知識を使わずとも自己の目標とアイドル像を確立したアイドルと泉が違う点がこの趣味と個性を使わないのであれば、アイドル大石泉という存在が、どんな特徴を持つアイドルか説明できないという点です。これが最初の『ネタや冗談ではなく彼女はアイドルとしての特徴がないアイドルです』の意味です。どんなアイドルか説明できない以上、大石泉を説明する言葉は「どんなアイドルか」ではなく「どんな少女がアイドルをやっているか」という言葉にしかならないんです。
少女としての個性はあれどアイドルとしての個性がないアイドル、それが大石泉です。

 

またこれは余談ですが、シン劇の249話では村松さくらの、252話では土屋亜子のキャラがどんなものか泉と同じ形式で語られています。その中でさくらは「可愛い」という友人が保証するアイドルらしい一芸を持ちながらも、それで満足せずに違う路線も開拓しようという精神を持つアイドルだと理解できます。亜子はまず「お金」というキャラがあり「ツッコミ力もある」というアイドルらしくはないけれどキャラクター性としては確かなものを持つアイドルだと理解できます。
その上で泉の話を読み返すと友人二人と違い彼女はどんな人物かはわかれどもどんなアイドルか理解できない、確立できていないという事を比較して理解しやすいかと思います。

 

 

 

大石泉の目標の話

 

まず「アイドルマスター シンデレラガールズ」という物語がアイドルとプロデューサーの物語である、という事は根幹であり前提である事に異論がある人はいないと思います。そして目標(理想)を見つけ辿り着く為に成長するアイドルの物語の大群でもあります。(勿論アイドルとアイドルの関係性の物語でもあるし、それ以外の物語でもあるし、どういう物語か一元的に定めるのではなく、多様にある内の一面が成長譚という話ですよ。)
その上で大石泉が成長して辿り着く目標はどこであるべきかです。結論を言うと大石泉がアイドルとしてのアイデンティティを獲得してアイドル大石泉を自己定義する事ですが。私の中ではそうだと認識されてます。

 

先述の通り、大石泉はアイドルとしてのアイデンティティを獲得していなくて、それ故にアイドルとしての魅力に欠ける事が彼女の問題であり、解決手段はアイデンティティを獲得する事で、その為に大石泉は自分がアイドルとしてやりたい事を見つける必要がある。
言葉にするとこれだけの話なんですよ。難しい話ではないです。なんならイベント一つ、新規カード一つあれば解決する問題です。ここで必要なのは永遠に根幹となり続ける目標ではなく、彼女の自分なりのやりたい事なので、それがささやかでも曖昧でも暫定的にでもアイデンティティを獲得する事に繋がるならそれでひとまず済ませていいと思います。そもアイデンティティなんてものはそのアイドルを語る上で前提とすら言えるものでありその前提が目標だなんて意味が解らない話ではあるんですが、肝心の大石泉がそれが前提だと未だに認識していないから仕方ない。仕方なくないけど仕方ない。

そんな彼女の今の目標は先述した通り「プロデューサーの理想のアイドル」です。これは目標だとしても目標ではないし、少なくてもアイデンティティには繋がらない目標です。なにせそれがどんなアイドルか示されていないですし、示されたとしてもそこに大石泉のやりたい事や目標が干渉する余地がないからです。アイデンティティを獲得した大石泉が理想のアイドルだとか屁理屈をこねると、それはそれで循環構造になるので無視します。
けれどもこれを目標としている(目標にしていていいと思っている)からこそアイドルとしてのアイデンティティを獲得できていないのがアイドル大石泉の現状な訳です。ただしこの現状は彼女の意識に依って生まれましたが、彼女の意識だけが原因とは言えません。そう思うだけの環境があり、それで今まで成立していたが故の意識でもあります。なので何故現在の目標がそうなっているのかという由来の話へとなります。

 

大石泉はオーディションを受けてアイドルになった側ですが、アイドルという存在に対して目標や方向性を持たないままアイドルデビューしました。友人と一緒にいる事が目的であり、アイドルはその為の手段だったので、その目的が達成できるのかどうかが重要で、自分がどういったアイドルになるかというのには無関心でした。
なので大石泉は自分がどういったアイドルになるかをプロデューサーに一任しましたし、それに対してプロデューサーは友人との三人ユニット「ニューウェーブ」を結成し、どういうアイドルとしてデビューするかを一から作り上げ、結果としてアイドル自体に楽しみを感じさせる程に、彼女が全面的に満足する形で答えました。ここにおいて大石泉の中にプロデューサーへの「自分達を正しく導いてくれる」とする一種の信頼が生まれ、同時に二人の関係性が「アイドルとしての目標を与える者/目指す者」となってしまいました。
なることは問題ないんですけどね、もとより目標や方向性という物はアイデンティティと同種で必要不可欠であり、最初から何も持たない少女が決めるより知識がある大人が与えた方が上手くいくでしょう。始まりは。

そしてこの始まりからアイドル活動を通じて大石泉の意識は段々と変化して、友人の為にやっているアイドルが友人と共にやりたいアイドルに変わり、友人に助けられるだけではないソロでも活動できるアイドルを目指すようになります。友人依存脱却の一歩ですね。
しかし意識が変わり目標が変わるも、どういうアイドルになりたいかを見つけた訳ではないです。つまりプロデューサーから目標を与えられる関係は変わってないという事です。初のソロの仕事で「最適化された自分の姿を想像できないからPのセンスに任せる」等と頼る姿からも察せますね。アイドル大石泉がどうなるか決定できるのは大石泉本人ではなく、そのプロデューサーのままであり、大石泉自身がそれでいいと思っているんです。

 

もしかしなくてもアイドルの時の依存先が友人からプロデューサーに移っただけでは?

 

だからといってやる事が変わる訳ではなく、少なくても友人依存からの脱却という成長は果たしています。なので同様にプロデューサーに一任する姿勢も次第に改善されていき、いつかは自分なりに自分がどういうアイドルになりたいかを見つけるだろうという段階に辿り着いていたのが私がプロデューサーになる前なのでどう足掻いても四年以上前の話。未だに改善されてないんですねこれが、なんという不思議な話。

もちろんこの段階から現在に至るまでに大石泉も成長しています。やりたい事を見つけ、自身の欠点を克服し、他のアイドルと共演する事も増え、アイドルとしての土台を着実に積み上げてきました。しかし積み上げた末にあるはずのアイデンティティの獲得には未だ辿り着いていないのが現在の大石泉です。ここまで来るとアイデンティティとは大石泉が見つけなくてはいけないという大前提が認識されていないが故の現状ではないか、というのが私の結論な訳ですね。誰かに頼ってしまうという本人の性格とそれで上手く回ってしまっている環境が相まって大石泉が答えを出さなくていいと感じる錯覚と言いますか。
そしてこの現状が大石泉自身が目標を見つける事で改善され、その先にアイデンティティを獲得して、それを以ってアイドル大石泉を定義できるようになる事が大石泉という物語の目的地です。断言したけれどこの目的地が正しいのか、意味を持つかというとわかりません。現状でも形式としてアイドルとして成立している上に、獲得するとされているアイデンティティが不明な以上定義されるアイドル大石泉が正しいかもわからないからです。
それでも友人がいるからアイドルを始めて、プロデューサーがいるからアイドルを続ける女の子が友人にもプロデューサーにもそれ以外の誰かにも頼らずに自分自身のみを以って自分はアイドルである、と宣言する物語は成長譚として形を成しているし、同時にそれが大石泉の物語の形であり、大石泉が本当の意味でアイドルとなる瞬間だと思っています。
それが大石泉という少女の通過点であり、大石泉というアイドルの始まりであり、大石泉という人間の物語における一つの区切りになるのではないか、というのが私の主張です。

 

 

 

まとめ

 

いかがでしたか。最後にこれを言っておけばブログになるという理屈を振りかざしたい。
ここまでの話を要約すると「少女がアイドルとなる物語こそが大石泉の物語」です。
この要約とかそもそもここまでの話全般へのツッコミ所は沢山あって、担当を本質的にはアイドル未満の少女と認識している所とか、担当を褒める事よりも貶す事が多い所とか、大石泉ってそういうアイドルじゃないよという根本的な所とか多分あるんだろうけれど、私の中の大石泉はこういう女の子だと定まってしまっているので、言葉を聞く耳はあっても変える事は自分の中の声と公式との解釈違いが正式に出ない限り無いかと思われます。こんなんだから同担拒否を名乗るしかないんだよ。
なので担当アイドルに魅力は無いって叫びながらその子の成長を眺めようとする後方なんとか面している変人の備忘録がこの文章でした。納得出来なくても多少理解して貰えたりこんな話を楽しんで聞いている隣人の悪食さが伝わっていたら嬉しい。

 

そして大石泉は2019/01/09に実装された[合格バラエティ]大石泉+が最後の登場なので今(2020/04/13)現在の未登場期間が460日となっています。そろそろ来るんじゃないかと思ってから半年が経ち、前回から1年経ったなと思ってから3ヵ月経ちました。多分もうすぐ新規カードが登場すると思います。その時にここまでの話を読んでもしも万が一意外な事に興味を持った方が大石泉に手を出してくれると望外の喜びになります。よろしく。
そういう事で今回の寄稿はここで終わります。まだ大石泉について話したい事が一つ二つばかりあるので第二回の寄稿を目標に大石泉担当を名乗り続けます。いつ頃完成するかわからないけれど大石泉の新規二枚目が登場するまでには完成するんじゃないでしょうか。